夏休み-181

　大学生達のキャンプはまだ続くのだが、私達が宿泊するキャンプは一区切りと言うことで、その締め括り的なファイヤーストームが行われた。

「花鈴姫達の宿泊は今日が最後ですので姫から一言お願いします。」
「はい、短期間でしたが大学生の皆さんと様々な意見交換が出来ましたし、今後も株式会社花鈴に協力して頂けることが決定し意義深いキャンプになりました。
　この地域を盛り上げて行く仲間として、これから作成する長期計画に一人でも多くの方が参加し続けて下されば嬉しいのですが、この地から遠く離れた所に住むことになり簡単には来られなくなっても、この地を故郷として想って下さい。
　故郷的なものを持たない都市部の人達が、何の所縁も無い過疎地でも故郷だと思って下さることが出来たら、細やかながらもこの国のバランスは良くなると思うのです。
　そんな話を含めて、今後も情報発信して行きたいと考えていますので宜しくお願いします。」
「有難う御座いました。
　今夜の前半は歌など、後半はフリーデスカッション、アルコールに関しては節度ある範囲内でならと姫さまから許しを得、差し入れも頂いていますが、この場に相応しくない言動をし始めたら強制退場になると理解して下さい。」

　大学生の中にもお酒を飲めない人はいるのだが、多少お酒が入った方が饒舌になってくれる人もいるので、お酒の差し入れは相談して決めた。
　酔っ払いの行動を観察してみたくも有るのだがLily達がいるので程ほどにとお願いしてある。
　それでもフリーディスカッションの終盤では…。

「我らが姫に対して自分は忠誠心を抱いているのですよ。
　忠誠心と言う言葉は知っていましたが、このキャンプを通して初めて芽生えた気持ちで企業に就職して会社にそんな気持ちが芽生えるのかどうか分かりません。」
「分かるよ、お守りしたいって思うよな。」
「ロリコン的な感覚では無いの？」
「失礼だぞ、俺は姫さまの能力を認めているんだ。
　確かに可愛いが、それだけでは無い、こんな小学生はバイト先の学習塾にはいないんだ。」
「だろうな、姫さまレベルの小学生がそこら中にいたら、頑張って国立大学に入学出来た自分が惨めになる。」
「大賢者もいるのだけど。」
「大賢者は数学の得意な子ども、Lilyは英語も話せる子ども、絵に描いた梨は口の達者な子ども、ひろっちは冷静に姫に仕える子どもだけど、姫さまは子どもの姿をした大人なんだ。」

　酔った勢いかこんな話で盛り上がり…。

夏休み-182

「そろそろお開きにする時間じゃない？」
「ですね、酔っぱらってるこいつらは姫に忠誠を誓うそうですから、せいぜいこき使ってやって下さい。」
「でも…、忠誠心って…、少し研究してみたい心理だと思いません？
　酔っ払いの忠誠心では無く本物の忠誠心を持って主君に仕えた人達の心理って現代の私達には理解しにくくないですか？」
「主従関係を親から刷り込まれて成長なんてのは昔の話ですからね。
　でもバイト先に尊敬する先輩がいましてね、頼りにしているだけでなく彼から指示されると嬉しい気持ちになるのですよ。
　忠誠心とは少し違いますが先輩にはついて行きたいと思うことが有ります。」
「そこで酔っぱらってる青木は、素面の時でもマジで姫の下で働きたいと話しているのよね。
　彼なりの価値観が有るのだろうけど相手が小学生だから少し気持ち悪いのよ。」
「うん、変な感情抜きで、尊敬出来る人の下で働きたいと言うのなら問題ないが、リーダー論の延長的に若いリーダーを育てる的な感じではないからな。」
「猿の群れにはボスがいるのだけど、人間社会に作られているグループにもリーダーは不可欠でしょ。
　彼は理想のリーダーとして、姫を選んだのではないかしら？」
「そう言われてみると、我々のグループに於ける真のリーダーは花鈴姫だからな。
　この中で一番長く姫と関わってる徳沢は姫の僕みたいな感じだろ。」
「いや、僕ではなく仲間だよ、確かに教えられることも有るけど。」

夏休み-183

「そう思ってるのは徳沢だけで、花鈴姫は部下の一人ぐらいに思ってるのでしょ？」
「いえいえ、大切な仲間ですよ。」
「例え思っていたとしてもここでは流石に言えないか、まあ今後もしっかり教育してやってな。」
「そう言うお前は単位、大丈夫なのか？」
「何とかなる！」
「発言が酔っ払いぽくなって来てるわよ、花鈴姫、こやつらに酒を飲ませて良かったのですか？」
「大丈夫よ、今夜のテーマは酔っ払いの観察なの。」
「絶対徳沢は姫の僕だってば。」
「はいはい、徳沢さんは私の大切な僕ですよ。」
「俺は姫の僕にすらなれないダメな男だが単位は何とかなる！」
「そう、頑張って下さいね。」
「水野、寝る時間だ、テントに行くぞ。」
「もっと姫と話していたいぞ。」
「明日な、姫、こいつは連れて行きます。」
「お願いします。

　水野さんそんなに飲んでないと思ってたのに何かストレスを抱えているのかしら？」
「単に酒に弱いだけかもですが、実際単位はやばいみたいで自分達と一緒に卒業は難しいかもです。」
「それでも、ここに来てくれたのだから…。」
「現実逃避したかったとかでしょうか？」
「ねえ、絵梨、水野さんがどんな現実から逃避したいのか気にならない？」
「うんうん、失恋かしらね？」
「徳沢さん、どう？」
「彼からそう言った話は聞いたことがないので…。」

夏休み-184

「花鈴姫が悩みを聞き出して相談に乗って上げるのですか？」
「無理無く事情を話してくれたらだけど、単に怠けて単位を落としたのならどうかしら。
　説教なんてしたこと無いし、無意味な気がするわ。」
「姫に説教されたら嬉しかったりして。」
「そこまでの変態ではないでしょ、多分…。」
「でもまあ、一応仲間なのだから力にはなって上げたいの。
　明日は私達の撤収を手伝って貰うことになってるから、作業をしながらでもそれとなく聞いてみるね。」
「他人の不幸は蜜の味なのよね、姫もですか？」
「そう言う感覚では無いのだけど絵梨とは人間の様々な感情について話し合って来まして。
　他人の不幸を喜ぶ感覚も、自己の優位性を確認出来るからで人の持つ本来の感情だと思うのです。
　でも水野さんの問題は、その解決の課程で私達にとってもプラスになる改善策を提示出来ないかと思います。
　皆さんは学歴社会で生きて行かれるのでしょうが、私は学歴を気にしてませんので。」
「失礼しました。」
「いえ、単に腹黒いだけですよ。」
「自分の利益を意識しながら相手の問題を解決しようと言うことなのですか。
　水野が怠けていて単位を落としたのだとしても、姫にとっては彼が使える男かどうかが問題なのですね。」
「ええ、例え大学を中退しようが会社にとって役に立つ存在なら雇用します、逆に言えばトップレベルの大学を卒業していても仕事の出来ない人は要らないのです。」

夏休み-185

「おお、さすが企業経営に携わる人の考え方ですね。
　まあ、今の企業は人物判断の材料として学歴を利用してるのでしょうが、新規で雇用する側もされる側も当たり外れは有るでしょう。
　自分は学歴に見合った仕事の出来る人間と思われたいです。」
「その辺りには不安も有るのよね、自分なりに能力を高めて来たつもりでも就職先が考えてるレベルなのかどうか…。」
「実際、どんな仕事をするのかは就職し配属先での仕事を始めてみないと分からないものな。
　ただ、株式会社花鈴関連の仕事を手伝わせて貰ってることは良い経験になってると思う。
　企業経営について学ばせて貰ってるし、売り上げや利益についてぼんやりしてたのが、企業は利益を上げて成り立つのだと、花鈴姫に導かれている気がしてるよ。」
「小企業のリアルを見せて貰ってるものね、しかも大企業の社長がどう考えるのかも教えて貰いながらだから、この企画に参加して正解だったと思ってるわ。」
「だな、水野も彼なりに刺激を受けて考えているのではないか。」
「頭が悪い訳ではないし、普通に日常生活を送れているのだから、やはり失恋かしら？」
「失恋はそれだけ精神的なダメージを負うものなのですね？」
「異性を好きになるのは人としての本能なのだから、論理的に考えられない部分が有るのですよ。
　タイミングの関係か、どうしてこの人を好きになったのかしらって思うことも。」
「友達とは違うのですね？」
「全然違うわ、姫がくだらない男に惹かれないことを祈ります。」
「恋は盲目なのか…。」

夏休み-186

　水野さんの問題は思ってた以上で…。

「水野さんテントの撤収はこれで良いの？」
「ええ、汚れを落とし充分乾かしてから俺達で畳みますから。」
「頼もしい仲間がいて助かるわ。
　ねえ、水野さんがこの企画に参加しようと思った理由はやはり女の子との出会いを求めてとかなの？」
「う～ん、ちょっと話しづらくは有るのですが…。
　今朝、花鈴姫が心配してたと聞かされまして。」
「みんなも心配してたのよ。」
「正直…、家に居たくなかったのです。
　かと言って一人暮らしなんて簡単に出来る状況では無く、ですから夏休み期間だけでもキャンプ場で暮らせるのなら渡りに船にと。」
「何ならお姉さんが話を聞いて上げるわよ。」
「はは、小学五年生のお姉さんに話す僕は何年生なのでしょう…。
　実は両親が不仲で離婚の話が進んでいるのです。
　それでも同居してるから喧嘩が絶えなくて…。」
「原因は浮気とか？」
「それも有るみたいですが、お金の問題も。
　色々有って大学を卒業するのは難しい状況なので単位を落としても問題ないのです。」
「だから怠けて？」
「まあ、そう言うことになりますが、冷静に考え、将来的に自分にとってプラスになるかどうかを基準に、あまり役立たないと思えるものは講義の時間にバイトを入れていました。
　なら、キャンプに来ないでバイトしてろよ、と言われそうですが、バイト先で知り合った彼女に振られましてね。
　家庭の問題で自分の精神状態が不安定になってたことも有りますが、大学を中退する様な人とは付き合えないと言われました。」
「結構大変な状況なのね。
　現実逃避を兼ねてここへ来たのかしら？」
「はい、バイトにも行きづらくなりまして…。」

夏休み-187

「上手く現実逃避出来たの？」
「そうですね、逃避と言うより、実際に高卒で働いてる人達の話を聞かせて貰えて少し希望が出て来ました。
　以前は何となく大卒じゃないとまともな生活が出来ないのではとイメージしていたのですが、皆さん普通に暮らしておられまして。」
「確かに学歴によって昇進や昇給に差が出易いのだけど、高卒や中卒でも普通に生活出来る給料を貰わないとやってけないわ。
　我が社も父の会社もその辺りのことには気を遣っているのよ。
　でも学歴に関係なく自分の実力で稼いでいる人が居るのも事実でしょ。」
「ですね、大学は退学するとして、今後の身の振り方は残りの合宿中に考えたいと思います。」
「真面目に働いてくれるのなら、夏休み以降もここで暮らせる様に出来るのだけどどう？」
「いっ、良いのですか！
　正直言って家に帰りたくないのです、ここに居れば元カノと会うことも有りませんし。」
「何の条件も無いと緊張感に欠けるでしょうから研究テーマを用意しましょうか？」
「働かさせて頂けるのでしたら株式会社花鈴を如何にして成長させるかについて考えたいです。
　今までは現実逃避的に考えていたのですが、もっと前向きな気持ちで取り組めるかと。」
「何か案は有るの？」
「ぼんやりと日常生活にストレスを感じている人の逃げ場所みたいな、具体的な内容は自分の専門外、何となく調べ始めたばかりで、お話し出来るレベルではないのですが。」
「逃げ場所か…、それを必要としてる人がいるのね。」
「自分みたいに金銭的な余裕のない人では収益に繋がりにくいかも知れませんが、お金に余裕の有る人でも精神的な逃げ場所や隠れ家を求めている人は居るのではないかと思いまして。」
「う～ん、その発想は無かったわ。
　水野さん、我が社とは雇用契約でも請負でも構わないのだけど、契約書の作成は出来る？」
「えっ、契約内容は会社側が提示するものだと思ってました。」
「常識的な範囲内、こちらが納得出来る物であれば、そのままの条件で契約出来ると言う話よ。
　契約書の作成は結構難しいと言うことは理解しているでしょ？」
「勿論です、法的な問題も有りますし。」
「では、うちとどんな契約を結びたいのかを契約書の案で示して下さい。
　それを元に話し合いましょう。」

夏休み-188

　私達がキャンプ場を離れてから一週間後、水野さんは契約書の案を持って来てくれた。
　仲間達に自分の事情を話し助言を貰ったそうだ。

「へ～、どんな助言を？」
「自分は、拾って貰うのだから給料は安くと考えたのですが、それでは自分の価値をアピール出来ないし、そんな姿勢を望まれる姫ではないと言われました。
　正直、金額を書いてみたものの、今の自分の価値に見合った額なのかは分かっていません。
　スタートは何も分からない新入社員ですから。」
「そうね、合宿所で暮らし、その管理もしながらと言うことなら妥当な額かな。
　この額なら他の社員とのバランスも悪くないわね、調べたの？」
「実は、みんなが勝手に盛り上がってしまいまして、社員全員に会って話を聞いておくべきだと。
　ですから社員の方々とは挨拶済なのです、仲間が付き添ってくれまして。
　社長さんは姫さまから聞いてるからと色々教えて下さいました。」
「田中社長とは少し話しましてね。
　大学を卒業した水野さんと大学を中退した水野さんに能力的な違いは有りますか？」
「能力ですか…、卒業まで履修する知識の差は有るのでしょうが、能力的にはあまり変わらないと思います、必要な情報は仕事に応じて調べ学んで行くものだと思いますから。」
「でも、社会的に大卒と中退では給料に差が生じるでしょ。
　そう考えたら、水野さんは企業にとって、お得な物件かもって話をしてたの。
　勿論、実際に働いて貰わないと評価は出来ないのだけど、水野さんなら仲間として受け入れられると言う声が届いていまして。
　現実逃避の一環だったとしても、今までここで活動してくれてた姿勢は悪くなかったみたいね。」
「まあ、親や元カノから離れられただけでなく、仲間と暮らす安らぎの空間でしたから皆でする作業が楽しくて。
　この先、楽しいことばかりではないと思いますが、過疎地の再生事業に携れることを誇りに思って頑張って行きたいと考えています。」

夏休み-189

「無理はしないでね。」
「無理はしませんが…。
　就職関連で調べていたら、新卒社員が会社を辞める理由に働き甲斐を感じられないということが有るそうです。
　でも、大きな会社の新入社員が始めから働き甲斐を感じられるとは思えません。
　その点、株式会社花鈴は小規模ですから自分で仕事を考えることが出来、働き甲斐を見つけ易いですし、仕事としての時間とボランティア活動の時間を使い分け、自分なりに充実した生活を送れる様にと考えています。
　消防団にも参加したいです。」
「初めから張り切り過ぎると疲れてしまうわよ。」
「大丈夫です、契約は十月から、それまではボランティアとして活動しながらここの人達と今まで以上に交流を深めておきます。
　それが、株式会社花鈴の一員として一番大切なことだと思いますので。」
「それが分かっているのなら安心だわ、水野さんが仕事を抱え込み過ぎたら、その皆さんに心配を掛けることになるのよ。」
「はい、気を付けます。
　入社までに、ボランティアとして沢山学ばせて貰うことは社長さんの了承を得ていますので。」
「入社後に社員として研修を受ける形でないと問題になりそうだけど…。」
「あくまでも自主的な学習をサポートして頂くのですから問題無いです。
　四月入社の連中と差を付けておきたいですしね。」
「はは、そっちが狙いなのか、一学年上の人達に先輩面するつもりなんだ。」
「他者より優位に立とうとするのは人間の本能に基づくものだと姫もおっしゃっておられましたよね。」
「ええ、でも彼らも自主的に色々学んでるから簡単ではないかも。」
「大丈夫です彼らの入社までに人脈を構築しておきますから。
　今日までに出会った人達全員に対して、ここに移住する挨拶を済ませ、優先的に挨拶すべき人を紹介して頂くつもりです。」
「移住までの経緯を話さなくてはならなくなるかもよ。」
「平気ですよ、既に仲間が話していますので、今頃は尾ひれがついて広まりつつ有るかもです。」
「開き直ってるんだ、でも、その尾ひれには興味が有るわね。」
「社会学的にですか？」
「ええ。」

夏休み-190

　水野さんの移住に関する話に、どんな尾ひれがついて広がったかは、大学生達が簡単な調査をして報告してくれた。

「水野さん、簡単な調査って、どんな感じで実施したの？」
「仲間たちが自分の移住話を住民の方々に伝え始めた数日後から、出会った人に大学を中退して移住して来る奴がいることを御存じですか、と意識的に訊ねたのです。
　随分いい加減な調査ですが、調査の目的からすれば最善かもです。」
「う～ん…、報告には、お父さんが自殺したとか、お母さんが愛人と共に海外へ行ってしまったとか…。」
「まだ、両親共元気に同居し喧嘩してるみたいですけどね。」
「水野さんが自殺未遂と言う話も有るんだ。」
「凄いですよね、ダムから身を投げようとしてた所を、たまたま通り掛かった花鈴姫に説得され思い留まっただとか。
　大体、姫がダムをたまたま通り掛かると言うだけでも設定に無理が有るのに。」
「調査対象はお年寄りばかりだったの？」
「そうでも無いですが、若い人でもお年寄りから教えられ鵜呑みにしたのかも知れませんし、若いからと言って正確に伝えられるとも限りません、酒席でのネタになった可能性が有りますからね。」
「話を大げさにしてしまう人がいる訳だ。
　それで、水野さんがここに移住し我が社で働くと言うことに対して、皆さんどんな受け止め方をしておられるのかしら？」
「調査に参加したメンバーからは、孫を嫁にとか、うちの養子にとか、会ったら励まして下さるとか、酒を奢って下さると言った話を聞いています…。」
「そっか、普通の話ばかりで、面白い反応は無かったんだ。」
「田舎ではこんな話が普通なのですか…。」