三学期-341

「姫、四月になったらギフテッドの子が転校して来るって聞きましたけど詳しく知っていますか？」
「転校の話は聞いてるのだけどそれ以上は全然なの、藤井さんも気になってるのね。」
「そりゃあ大賢者は兎も角、薫が馴染むのには時間が掛かったと聞きましたから。
　小学五年生になるまでに人間関係で苦労した可能性も有ります。」
「まだ決定では無いみたいで、個人情報を広める訳には行かないみたいなのです。
　藤井さんはどんな子に来て欲しいとか有るのです？」
「えっ、そんな発想は無かったな～。
　でも、天才バイオリニストが来てくれたら嬉しいかな。
　まあアメリカの大学に通う小学生だから無理なのだけど。」
「どんな子？」
「まあ、こんな感じで…。」



「凄い！
　上手な子どもと言うレベルでは無く、普通にプロ、しかもレベルが高いと言う事は私でも分かるわ。」
「でしょ、HIMARI、吉村妃鞠の事は…。」



「沢山練習をしてるとしても…、何かの企画で小学校に来たバイオリンを教えてる人とは桁違いね。」
「そんな企画が有ったんだ。」
「その人の演奏が下手過ぎたの、私が普段聴くバイオリンと言えば録音だけど一流の演奏家のものになるでしょ、それと比べたら…。
　小学生はバイオリンの生演奏を聴いたことが無いだろうぐらいに舐めきった演奏で、それが実力だったのだろうけど、恥ずかしげも無く。」
「そこまで？」
「あんなのを聴かされたらクラシック音楽に対する興味が更に薄れるのではと思えるレベルだったの。
　名演奏家の演奏に耳を傾ける機会って子どもにはなかなか無いでしょ？」
「確かにそうですね。」

三学期-342

「やはり私達子どもにとって環境は大切だと思うの。
　子どもだから下手な演奏でも聴かせておけば良いと考えるか、子どもにこそ一流の演奏家による演奏を聴かせるべきだと考えるか。」
「ですね、自分も家庭環境が良かったからこそ今の自分が有ると思っています。
　持って生まれた能力を伸ばせたと思っていまして。
　生活環境が悪かったらと考えると…、実際、良くない環境で育てられたことにより、自分の力を伸ばし切れなかった人もいますから。」
「私も恵まれた環境で育った立場で…、でも、個人的な能力差と成長過程に於ける環境格差は気にするべきですよね。」
「ええ、普通の小学生はそんな事、考えもしないでしょうが、姫は普通に話しています。
　家庭環境の改善は我々が簡単に足を踏み入れられる所では有りませんが、株式会社花鈴の取り組みによりこのエリアでは生活環境の改善が進んでいると聞いています。」
「最低賃金で働いてた人達の給料を上げていますからね。
　企業が利益を追求する課程で人件費を抑えたい、その思いが強過ぎて日本は少子高齢化が進んだと聞いています。」
「ですね、目先の利益に囚われ過ぎて、将来的に顧客となる人達を育てることを考えもせず、非正規従業員を貧困に貶めて来た、企業のトップが小者ばかりで国を顧みなかった結果が少子高齢化だと思います。
　まともな経営者はイベントの為に採用した様な派遣社員でも商品を購入してくれる顧客と考え大切にしますが、そうでない経営者が少なく無いみたいで。」
「はい、父からは、兎にも角にも人を大切にする様にと言われています。」

三学期-343

　開店までの準備に随分時間は掛かったが私達の店はオープンの日を迎えた。
　目立つ建物に目立つ看板やのぼり、大学生が手伝ってくれ色々宣伝した効果か、オープン時間前から人が集まって来ている。

「姫、そろそろテレビ局の取材一本目をお願いします。」
「オープン前の店内を案内するのね、緊張するわ。」
「小学五年生が多少のミスをした所で、それは可愛らしいこと、細かい事を気にしてたら大物には成れないとは、姫に教えられたことですよ。
　姫は大物なのですから気楽に行きましょう。」
「そうね、誰かさんの受け売りに過ぎないのだけど、開き直って店の宣伝をしないとね。
　藤井さん、カンペ宜しくお願いします。」
「自分がカンペを出さなかったら何の問題も無いと思って下さい。
　テレビ局サイドからのカンペは気に入らなかった無視して構いません。」
「打ち合わせ通りにか…、それで面白くなるのかどうかは結果を見てみないとだけど、藤井さんはちゃんと私の見える所に居て下さいよ。」
「はは、出来れば自分の事を無視して頂けたらと思っているのですが。」
「そこまでマイペースで行ける様に努力はしてみるけど、さすがにね。」

　リポーターが店の説明を始めたから私の出番はもう直ぐ…。

「それでは、ここからは過疎地の再生を目指して新たに建てられたこの店を運営する株式会社花鈴、その会長である纐纈花鈴さんにお話を伺って行きたいと思います。
　花鈴さん、おはよう御座います。」
「おはよう御座います。」
「花鈴さんは小学五年生なのですよね？」
「はい、もう直ぐ六年生です。」
「小学生で会社の会長、大変なことは無いのですか？」
「会社は基本的に社長が回していますので、そこまで大変では無いです。
　会長の役目ってご存じですか？」
「えっ？
　株式会社の会長ですか…、考えたこと無かったです…。」

　この言葉を頂いて気が楽になった、作戦として考えていたことだが、自分は相手が誰で有れ教える立場になれば自分らしさを発揮出来るのだ。

三学期-344

　企業に於ける会長職の位置づけを説明させて頂いた後は、打ち合わせ通り新店舗を開くに至った経緯などを説明させて貰った。
　
「そう言った事に花鈴会長の考えは反映されていたのですか？」
「勿論です、パートタイムで働いて下さる方にも充分な時給を、その給料が払えるだけの売り上げをと、私を含めたメンバーで作戦を練って来ましたので、開店までに少し時間が掛かったのですが、ここの合宿所を利用して下さってる大学生の方々の協力も有りまして、自信を持ってのオープンなのです。」
「そんな大学生からは姫と呼ばれているそうですが？」
「まあ、ニックネームの様なものです。
　企業城下町と言う言葉が有り、父が会社の本社をここへ移転させた流れからのことです。
　小学校でニックネームを付けることが流行った時期が有りまして、その頃から姫と呼ばれています。」
「お父さまは誰もが知る大会社の社長ですから、誰も違和感を感じなかったのでしょう。
　私も姫さまとお呼びしてもよろしいでしょうか？」
「姫さまでは堅苦しいですから、ニックネームと思って姫と呼んで下さるのは如何でしょう。
　自分から姫と呼んで下さいと言うのはおかしいと思われるかも知れませんが、色々な人達から姫と呼ばれ、それに慣れ過ぎてしまいまして。」
「では、姫、この店のPRポイントを教えて頂けますか？」

三学期-345

「今まで国道を通る人向けに仮設店舗での販売をして来たのですが、そこで人気の有った商品を中心に扱っています。
　何でも揃うスーパーやホームセンター程では有りませんが、生活に必要な物を一通り扱っています。
　野菜や果物はこのエリアで収穫された物が中心になりますので季節によって変化します。
　各種手作りアイテムの中には受注生産の可能な物も有りますので、デザイン等のリクエストにお応えしていけたらと、木工品やガーデニング資材なども相談に応じます。
　また、販売用の樹木は、このエリア一体に植わってる物を見て頂ける様にしましたので、注文が入ってから移植に適した時期まで準備し移植となります。
　移植には手間が掛かりますので、その辺りの費用は御理解願いたいです。
　苗木の生産は始めたばかりですので、販売は来年以降になります。」
「ガーデニング関係に力を入れてるのですか？」
「ええ、この地を農業公園にして行きたいと考え、動いていますので。
　ガーデニングや家庭菜園造りのお手伝いが出来ればと。
　またトマトなどを自分で収穫して購入して頂くなんてことも考えています。」
「いちご狩り感覚で？」
「それに近いですが、自分で美味しそうなのを選んで購入出来たら嬉しいかなと。
　店の周辺で、それに向けての畑を整備している段階なのです。」
「畑も含めての店なのですね？」
「はい、田んぼだった所を畑にし、野菜を自分で収穫し購入出来る形を考えています。
　その分人件費等の販売コストが掛かるのですが、収穫し輸送する費用は抑えられますので妥当な価格で販売出来ると考えています。」
「お客さんは新鮮で文字通り採れたてを購入出来ると言う事ですか？」
「ええ、私達は菜園を持っているのですが、採れたては何となく美味しく感じられるのですよ。
　自分達で食べきれない分は、この店で販売して行くのですが。」
「普通の店とは仕入方法が違うのですね？」
「キャベツに青虫が付いていたら嫌だと思う人は、店の販売対象では有りません。
　農薬を使って無いから当然虫も食べる、そんな野菜を食べたいと思う人達をターゲットにと考えている店なのです。」

三学期-346

「地産地消で有り無農薬の野菜販売を目指しているのですね？」
「ええ、ただ完全に無農薬では厳しい一面が有りますので、その辺りは御理解願いたいです。
　より美味しく安全な野菜を目指し、大学農学部の方に協力して頂いてますので今後どんな野菜が食べられるか、私も楽しみにしているのですけどね。
　肉類もブランド肉だけでなくジビエも、美味しく食べるコツはネットで紹介していますので、店のウエブサイトをご覧になって頂けたらと。」
「ジビエ料理を提供する飲食店も併設されると聞きました。」
「はい、一か月程先の開店を予定し、今、工事を進めている所です。
　猪や鹿が中心になりますが、ジビエだけでなく普通の肉屋ではあまり売っていないワニ肉なども提供できればと考えています。」
「輸入するのですか？」
「ええ、手伝ってくれてる大学生達が一度食べてみたいと盛り上がりまして。
　どんな感触なのか試してみたいと言う需要は色々有ると思っています。」
「確かに、私も美味しいかどうかでは無く、どんな味なのだろうと興味が有ります。
　調理は専門の方がなされるのですか？」
「勿論です、様々な動物の肉料理を研究して来られた方をお招きし、今はスタッフのトレーニングをして頂いています。
　コオロギ等の昆虫食も体験して頂ける様に準備を進めているのですよ。」
「食に対する好奇心を満たすのが店の目標なのですね？」
「ええ、予想出来ないレベルの大災害が起きても食べ物が確保出来ていれば生き延びられる人が増えますから。」
「姫は、そこまで考えておられるのですか…。」
「姫と呼ばれる立場に有るのですから当然の事です。」

三学期-347

「当然ですか…、小学五年生でそこまで考えているのは、やはりお父さまの影響なのでしょうか？」
「勿論です、我が社の運営方針には我が家の家族会議の結果が反映されています。
　ですから兄も手伝ってくれますし、両親も。
　ですが、私自身の考えもしっかり反映されているのですよ。」
「どの様な所にですか？」
「デザインやレイアウト、特に通路の幅は車椅子の方を意識し、しっかりとって貰いました。
　通路を広くすると当然置ける商品が少なくなるのですが、店自体、少しずつ拡張して行く計画が有りまして、土地の確保は済んでいるのです。
　移植出来る木は店のエリア外に植わっている物も販売するのですが、同様の事を色々考えていまして、店の商品はここに置いて有る物だけでは無い、そんな店なのです。」
「木の他と言いますと？」
「庭石や砂利なども考えています。
　廃屋の物でも利用価値が有れば売れると考えていますので、廃村の土地を有効活用する前に売れる物は売ろうかと。
　輸送費用が掛かりますので安くはなりませんが、現物を見て気に入って頂けそうな遺物も有るのです。　　
　林業がお金になった頃に建てられたお宅には、庭にお金を掛けておられた方もみえましてね。」
「そこに需要が有ると？」
「多くは無いですが、既に売れ始めているのですよ。
　ネット上で紹介すると見に来て下さる方がいらして、我が家の庭にと。」
「庭石とかですか？」
「ええ、当然輸送にお金が掛かるのですが、それを気にしないお金持ちの方々が販売対象になっています。
　紅葉見物のついでに見に来られて成約と言うパターンが幾つか有り、我が社の造園関係部門の売り上げに貢献して下さっているのです。」

三学期-348

「お金持ちだけが対象なのですか？」
「ええ、苗木では無くそれなりに育った木や庭石を動かすには手間が掛かります。
　うちとしては格安で請け負うなんてことは考えられ無いですし、今時庭にお金を掛ける人は多く有りませんので、結果的に対象者が絞られることになるのです。
　基本的にトラックに積み込むまでの作業を請け負いますが、輸送までを請け負うことも有ります。
　庭への移植や設置はお客さんが普段お願いしている造園業者が行います。」
「成程、その方が効率的なのですね。」
「きちんと打ち合わせをして作業を進めますが、顧客が信頼している業者との連携ですのでこちらも手が抜けません。
　移植の適期を外しての依頼も有ったのですが、それは許しません。
　折角の樹木が庭への植え替えで枯れてしまったなんて悲しいです。
　苗木は替えがききますが、有る程度育った樹木は、その姿を気に入って頂いての購入になりますので失敗は許されないのです。」
「そう言った事が有って高額になるのですね？」
「はい、逆に言えば移植可能な樹木を選んでいますので、手を抜かずに作業したら間違いが無いのです。
　庭石はひたすら重いだけで気楽なのですが、気を抜いた作業をして事故を起こしてはなりません。
　ディスカウントして作業員の給料を安くしてはダメなのです。
　我が社は従業員に妥当な給料を支払うことで、責任持った仕事をして頂いているのです。」
「給料が良いと言うことは…、それに合わせ商品価格も高めに設定されてるいるのでしょうか？」
「そうですね、物にもよりますが薄利多売は一切考えていません。
　元々観光地価格、お土産品価格と考えていますので、日用品や地産の野菜以外は少し高いと思われるかも知れません、でも質の良さを考えたら決して高い商品ではないのですよ。
　仮設店舗での販売実績を考慮した上での価格設定ですので、そこには自信が有ります。
　あっ、そろそろ開店時間です、店内に入り案内していきますね。」
「お願いします。」

三学期-349

「ちょっとだけ新規オープンのセレモニーが有りますので少しお待ちくださいね。」
「分かりました。」

　いよいよオープンと言うことで、入り口を開ける前に私からの挨拶が予定されていたのだ。

「皆さんお早う御座います、まもなく開店となりますショップ兎沢、運営会社会長纐纈花鈴です。
　本日は開店前から多くの方にお集まり頂きまして誠に有難う御座います。
　ショップ兎沢は観光客の方に喜んで頂ける商品から、地元の方向けの日用品まで扱う店ですが、どちらも中途半端にならない品揃えをと考えております。
　このエリア活性化の中心となれる様、頑張って行きますので、応援よろしくお願いします。
　格安な商品を並べるのでは無く、私達が丹精込めて育てて来た花の苗や野菜、この地で育てられた家畜の肉やジビエなど、地産の物を中心に販売する店ですが、地元の方向けに仕入れた物も販売して行きます。
　より安くでは無く、良い物をそれに見合った価格で販売と考えていますので、その辺りをご理解頂けたら嬉しいです。
　では時間になりましたのでショップ兎沢がどんな店なのか、皆さんの目で確かめて下さい。」

　少しばかりクラッカーを鳴らしたりとかの演出を挟み開店。
　準備期間が長かっただけに感慨深いものが有る。

「スピーチを聞かせて頂いて、何故姫と呼ばれているのか分かった気がします。
　名前だけの会長では無いのだと改めて感じさせられました。」
「子どもだから下手でも許される、それを最大限に活用させて頂いてるだけでですよ。」

三学期-350

「落ち着いて開店を迎えられたみたいですね。」
「ええ、当初の予定では開店前にご案内させて頂くことになっていたのですが、少し手違いが有ったそうで、ご迷惑をお掛けしました、何とか解決出来たみたいです。」
「店舗面積の割に通路が広いです、かなり思い切ったレイアウトで。」
「車椅子を意識しましたので必然的にこうなりました。
　その為、似た商品が有る場合はそこから一つを選び、扱うアイテム数を抑えています。
　品揃え豊富な店の真逆にすることで、店の運営コストを下げる狙いも有ります。
　移動販売ではアイテム数が限られますが、それでも問題は有りませんので。
　どうしても拘ると言う方には通販を利用するなり、車で近隣の店へ行って頂ければと考えていますが、地域の方々にはそこまでの拘りが無いみたいでした。
　お土産品をどちらにしようかと、観光客の方を迷わせるのも何ですし。」
「選ぶ楽しさはどうです？」
「それは少なくなるかもですが、手作り商品は次来た時に売ってない可能性が有るとアナウンスします。
　その時々に手に入る素材を利用し、その時々の気分で制作される民芸品も有るのですよ。」
「季節によって違うと？」
「勿論です、民芸品向けの藁を確保するには手間が掛かりますので、藁を素材に使った商品は多く有りません。
　在庫が無くなったら終わりとなり、違った素材を使った商品と入れ替えになります。」
「農閑期に民芸品を制作とか？」
「ええ、地元婦人会の方々が乗り気になって下さいましてね。
　今まで最低賃金レベルでパート仕事をしていた人には真面目に頑張れば最低賃金の倍の副収入をと、仮設店舗での実験販売を通し、時給換算、最低賃金の三倍から四倍を稼いでる人もいるのです。
　勿論我が社を潤わせつつですよ。」
「それだけの商品を制作出来るのですね。」
「良い商品を良い形でお客様に紹介するノウハウを、協力して下さっている大学生達が研究してくれた成果なのです。」