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71-活かす [岩崎雄太-08]

夕方。

「佐山くん、どうかしたの?」
「ああ…、谷川社長に…。」
「怒られたの?」
「いや、そんな感じじゃないが、自分の力の無さを痛感させられたってとこかな。
社長に、島根の福祉村の名簿を見て頂いたのは二週間前、ざっと目を通されただけだと思っていたら、自分が気にも留めてなかったカメラマンの存在を活かす手段を今日提案されてね。
日頃から人を活かす視点を持つように、学生時代から言われていた事が自分は出来てなかった、もう一度村人達の経歴を確認しているところなんだ。」
「岩崎社長が天才と語る程のお方だから、気を落とす必要ないわよ。
で、見直してみた結果はどう?」
「趣味が歌とか釣り、職は転々としてました、前職はホステス、活かせると思う?」
「職を転々とする中で身についたスキルはないのかしら、ホステスかぁ~、居酒屋ぐらいは作ってあげても良いんじゃない、息抜きも必要でしょ。」
「そうか…、やっぱり俺には閃き系はだめだな、皆の力を今まで以上に借りる事にするよ、潔く。」
「ふふ、じゃあ資料見せて。」
「こんな感じだ。」
「へ~、色んな人がいるのね…、この、会社の金を横領した人は、今何してるの?」
「竹林の手入れや畑仕事だね。」
「この人、情報処理に詳しくないのかな?」
「あっ、そうか確認してみるよ。」
「なるほど、暴力系や薬物犯はいない訳なのね。」
「岩崎社長や谷川社長は、先々はそんな人を受け入れる村も作らなくては行けないと考えてみえるそうだけど、ハードルが高いからな。」
「少年院を出た様な子達は受け入れないの?」
「検討はしてるが、山奥の村に住みたいとは思わないだろう、都会から逃げたいと思うのは今の村人達ぐらいの経験をしてからじゃないかな。
児童養護施設開設に向けて取り組み始めているけど、地理的問題が有って、高校生だと通信制に限られたりとかクリアしなくてはならない問題は少なくないんだ。」
「どう養って行くかという事なのね。」
「うん、でも自立が大きなテーマでも有るから。」
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72-協力 [岩崎雄太-08]

福祉村の案件には佐山の協力要請に対して多くの社員が応えた。
コンサルタント会社で大きな実績を上げている連中の事、様々な提案が出されただけでなく協力企業も見つけてくれた。

「先輩有難う御座いました、お陰様で村の竹林も生かせますし村人達の仕事も充実できそうです、所長も喜んでくれました。」
「竹は素材として見直されているんだよ、中小企業を侮るなよ、佐山。」
「はい。」
「それで、児童養護施設の話はどんな感じだったんだ?」
「はい、発端は夜の飲み会だったそうです、酔った勢いで自分の過去を話す人の中に施設で育ったという人がいたそうで。
村人達は子ども時代が恵まれていたら、ここにはいないと話す人が少なからずいるそうです。
その頃は縫いぐるみプロジェクトがスタートしたばかり、試作品を児童養護施設に贈りたいって話が出ていて、それもあってか、面倒見て貰う立場から面倒を見る側に成りたい、それが自分の再生になると話が進んで、施設を村にとなっていったそうです。」
「そうか、俺達がどんなに自分の仕事を頑張っても…、そこを何とかしないと日本は良くならないのかもな、貧困が次の貧困や犯罪へ繋がる、佐山、これからも応援するから頑張れよ。」
「は、はい。」
「児童養護施設だって十年後二十年後に向けての投資と考えれば安いもんだ、金の心配は俺達に任せろ、お前は情報を滞らせるなよ。」
「はい。」
「そうよ、佐山くんは私達が気になってた情報を独り占めにして、まさか私が守秘義務を守れないとでも思っていたのではないでしょね。」
「ないです。」
「企業の再生は余程の石頭が邪魔しない限り、さほど難しい事ではないのよ、でも廃村の再生は簡単な事ではないし、ましてや利益に繋がらない施設の設立をどうまとめていくのか大変だと思うわ。
そうね、子どもを守っているのは村人達という形を作る事が大切、私達は黒子に徹して見守って行きますからね。」
「は、はい。」
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73-職業訓練 [岩崎雄太-08]

ある日、佐山は。

「谷川社長、色々調べてみたのですが、児童養護施設の大きな問題は高校卒業後の行き場です。
施設に居れば衣食住は何とかなっても、多くの若者が親の庇護下に有る十八歳の時点で自立を求められ苦労している若者も少なくない様です。」
「そうか、そちらを優先するべきなんだな。」
「はい。」
「佐山くんには具体的な策が有るのかな。」
「全寮制の職業訓練校は如何でしょうか、村で学んで卒業後は就職で村を離れるにしても、仕事が上手く行かなかったら村へ帰って来いとか、もちろん村で働いても良いです。
村人達が資格を身に付け、都会へ帰る選択肢を持つ機会として、というのも有りではないでしょうか。」
「保育の専門学校も併設して、児童養護施設の子を実習で面倒見させよう、今から動いて来年の春に間に合うのか微妙だが何とかさせるよ、別で担当を決めるから連絡を取ってくれな。」
「はい。」
「それと、養護施設の担当からは、住む場所を変える必要性を職員が感じている子達と話し合い、田舎暮らしを希望する子から受け入れると報告が来てる、高校生は通信制になるが、学習の補助は村人がしてくれるそうだ。」
「建物が完成したら、すぐ引っ越しですか?」
「そうなるのかな、職員の確保は出来てるが、役所との調整に時間が掛かるのかもしれない。」
「調整は所長だけで大丈夫でしょうか。」
「彼は余裕を持って働いているよ、冷静に全体を見てるからね、人が必要なら相談して来るし、要所要所を押さえつつ、人に任せるべきところを心得ている人だからね。」
「自分はまだまだという事ですね、まずは村人が利益を上げて、安心して株式会社岩崎に正規雇用される様に頑張ります。」
「入村から一年間、真面目に働けば正規雇用という話は、上手く伝わったのか?」
「はい、所長によればみんな喜んでいるそうです、胸を張って養護施設の子と向き合えると。」
「金銭面より精神面で支えてあげて欲しいな、金銭面は岩崎社長の方で支援システムを構築中だからね。」
「さすがに大金持ちは違います。」
「はは、あの人の資産は売る訳には行かない株がほとんどだからね、まあ、親子揃ってヘリには金を使っておられるが…、職業訓練校の話は早めに相談して話を進めるからな。」
「そちらは時間を掛けても良いのでは有りませんか、準備が色々大変かと。」
「佐山、もう少し考えないとだめだぞ、今現在将来に不安を抱いている若者が多くいるというのが現実なら一刻も早く動いてあげないとだめだろ。
私的な職業訓練施設なら法的な制約が少ないと思うから、金は掛かるが、まあみんなで稼いだ金を正しく使って世の中を良くしていこうじゃないか。
もう一つは福祉村の大人達の心情だ、バックが頑張ろうとしている姿を見せる事で大きな影響を与える事が出来ると思わないか。
組織を固めて行くには、人の心を同じ方向へ向ける事が必要だ、所長はよくやってくれてるが、そこに村人の心を動かす企画が持ち上がれば福祉村はより成長するだろう。」
「人の心理ですね、確かに始めから大規模な訓練施設と考えなければ、教師と設備とカリキュラムですか。」
「まあ、何とかしてくれそうな人に任せる訳だがね。」
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74-訓練校 [岩崎雄太-08]

福祉村は徐々に規模を拡大している。
住居も増え、居酒屋も出来た。
株式会社岩崎の社員となった者達は、さらなる自立を目指して働いている。
児童養護施設では三十名程の子ども達を受け入れ中。

職業訓練校の一期生は五十名、各地の施設から希望して集まった。
彼等にとって最大の魅力は、生活費が掛からないだけでなくアルバイトをすれば収入も得られる事と、終了後の職が保証されているだけでなく、就職先に馴染めなかったら村に戻ってやり直せば良いと言われている事。
一期生入校から半年ほどの食堂。

「おい、岩崎社長が来週見学に来られるそうだぞ。」
「本当なの、うわ~素敵なのよね、あんな人が私のお父さんだったらって、ずっと思ってたのよ。」
「実際、この環境を作って下さった方だから、俺達にとっては保護者同然だな。」
「だよな~、俺はやりたかった情報処理の学習を、始めに聞いた時はどうして、こんなど田舎でするのかって思ったけど、ここでも出来るという事を証明して貰いたくてって、メッセージを頂いてしまったからな。
実際、先生は長野の岩崎村に住んでみえるが何ら問題ないんだ。
この前の実習は合格点を貰えただけでなくアルバイト料まで頂いてしまった。
色々教えて貰いながらで先方に手間を掛けさせてばかりだったのにな。」
「お前は頭良いから、でも俺だって竹細工の仕事気に入ってるんだ、師匠との微妙な距離感も良いし。」
「微妙なのね…、ねえ、今日のカレーどうだった?」
「普通においしかったよ。」
「普通か~、そうなのよね制約もあるから…、でも何時か普通じゃなく、すごく美味しいと言わせられる様になるわよ。」
「大変そうだな。」
「まあね、でもここで基本をしっかり身に付けて、応用は岩崎村の高級レストランで修行するの、岩崎社長にも美味しいって言って頂ける様な料理を…、ハードルは高いけど。」
「そんな事無いって、調理科の料理美味しいよ、明日は何を御馳走してくれるんだい。」
「ハンバーグ、だけどさ…、私等、高級な物なんて食べた事ないじゃん、美味しいものをずっと食べてた人に満足して頂けると思う?」
「ネガテイブ発言禁止! 高級レストランで上手く行かなかったら、庶民が喜ぶメニューを考えれば良いのでしょ。」
「あっ、御免、そうだった…、高級レストランでの修業は私の我儘を聞いて貰えた、というレベルなのに。」
「我儘言って良いんだぞって、村の人に随分言われたな、皆さん辛い過去をお持ちの様で。」
「そう言ってる拓也だって…。」
「まあ、程度の差は有ってもみんな…。」
「それは過去の話よ、これからは…、ねえみんなの就職予定先はどんな感じなの。」
「俺は君と同じ岩崎村になる、でも仕事に慣れたらこの村で働くのも有りなんだ。」
「職種的に都会で働くという選択肢も有るんじゃないのか?」
「都会で働くメリットって有るのか? いじめられた記憶が蘇るばかりだよ、俺にとっての都会は。」
「私もそうだわ、確かにここの環境は精神的に楽過ぎて自分の成長を考えたらマイナスかもしれない、でもさ…、ここで暮らしたいの。」
「高校卒業後の進路にここを選んだ時点で、俺達は都会から逃げ出したかったのかもな。」
「おいおい、俺は過疎の村を再生する事を考えてるんだぜ、逃げ出したんじゃなく過疎の村で挑戦してる、村の人達はそんな人ばかりだ、だいたい、村を馬鹿にし過ぎてるよ。」
「そうよね、私も苦しかった時には、妄想レベルでお洒落な生活に憧れもしたけど、この村の現実は夢みたいに楽しいわ。
子ども達と遊んだり村人達と歌ったり、何と言っても…、素敵な仲間がいるでしょ。」
「似た様な境遇で育った人が五十人いるからな、しかも、こんな田舎での生活を選んだ奴ばかりだからか、みんな真面目だし過疎の村という事が適度なフィルターになったのかもな。」
「お前らの話、ちょっと恰好着け過ぎだぞ。」
「はは、それより岩崎社長にはどうやって感謝の気持ちを伝えるんだ。」
「俺は自作の竹細工を贈ろうかな。」
「あ~、何かずるい私にはまだ…。」
「まだ時間が有るのよね、まずは情報収集して、それから作戦を立てるわよ、みんな良い。」
「へい、姉御。」
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75-養子 [岩崎雄太-08]

職業訓練校、雄太の歓迎会は食堂で地味に行われた。
雄太が好むのは職業訓練に対して真面目に取り組む姿で有り、それが疎かになる事は喜んで貰えないと教えられた事による。
代表者三名が自分の取り組みを説明した後、雄太は。

「皆が、真面目に取り組んでいてくれていて嬉しいよ。
でね、今日は少し微妙な相談が有って来たんだ。
私が社長として大勢の人の上に立ってる事は知ってるよね。
株式会社の仕組みもカリキュラムに入ってるけど、理解出来てるかな。
私は大株主で企業の業績に応じて、沢山の配当金を頂いている。
まあ、お金持ちな訳だ、でもお金持ちがお金を貯め込んでしまっては経済が良くならない。
しばらく前までは事業への投資という形でお金を使って来たが、それも社員が頑張ってくれたおかげで上手く行ってる。
それで、事業への投資ではなく、福祉村を始めたんだ。
岩崎村は大きく投資して事業として成功させたが、ここは利益が出なくても構わない、尤も大人達は利益を出そうと頑張ってくれているがね。
で、皆の心に刻んで置いて欲しいのは、一度でもこの村で暮らした人は、真面目にやっていれば一生我々の一族の一員、つまり関連企業の従業員やその家族と同族として扱われ、助けを必要とする時は必ず手を差し伸べられるという事。
例えば、うちとは直接関係の無い企業に就職しても全く問題ないのだが、もしその企業が倒産したら、君達の場合はこの村を頼って欲しい、犯罪に手を染めるなんて事は絶対して欲しくないが、何かの間違いを犯してしまった時も同様だ。
この村は君達の第二の故郷として君達を守るために有る。
それでね、希望してくれる人がいたらだけど、私の養子という形を考えてくれるのも有りかと思ってね。
ただ、遺産相続とかは期待しないで欲しい、現時点で私に何か有ったら、ここの管理にも係わって貰っている谷川淳一社長に、資産の大部分を占める株式を相続して貰うという遺言状が妻の了承も得て、法的手続きを完璧にした状態で保管されているからね。
養子になってもならなくても同じ形で援助させて貰うつもりなのだが、私の娘、息子となれば多少のメリットが有るかもしれないと考えての提案なんだ。
ただ、問題は結婚式とかだ、君達の意見を聞いて実際に養子になって貰った後は、高校生を養子にして行きたいと考えている。
つまり、兄弟姉妹何人になるかはまだ決まってない、親となっても親らしい事は出来そうにないから高校生以上なんだけど、結婚式の様な行事は出て上げたくても難しいかもしれない。
ここの村人が私の代わりにとせざるを得ないと思って欲しいのだが、皆の意見を聞かせて貰えないだろうか。」
「お父さんになって下さい! 結婚式なんて気にしないで、滅多に会えなくても良いんです、今までも私の心の中ではずっとお父さんでした。」
「養子の話はともかく、俺も親父って呼んで良いですか?」
「本名として岩崎と名乗れるだけでも…。」
「岩崎社長が私達のお父さんになって下さったら、ふふ、私達は姉妹になるのね。」
「みんな岩崎じゃ不便なのかな?」
「義兄弟ってのも有りですよね、岩崎社長がお父さんで、ここにいるみんなは兄弟、戸籍は各自の都合で決めれば良い、でも気持ちは…、えっと…、家族かな…。」
「みんな有難う、今回の提案は私の思い上がりかもとか色々考えて迷いも有ったんだ、これから弟や妹が増えると思うし、中にはやんちゃな子も居るかもしれないが、そうだな、ほとんど名前だけの父親となってしまうかもしれないが許してくれるか。」
「許すも何も、なあみんな俺達が自立できれば弟や妹を増やせる訳だろ、岩崎社長には世界で一番子どもの多い大社長になって頂くってどうだ?」
「はは、それは面白いな、でも無理して私に心配掛けるなよ。」
「はい。」

会の途中から無言で泣いている子もいた、はしゃぐ子も、それぞれの思いは様々だったが雄太からの提案は訓練校のメンバーの心に届いた様だ。
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76-親 [岩崎雄太-08]

岩崎家。

「雄太、職業訓練校ではどうだったの。」
「喜んでくれたよ、それでさ養子を希望しない子達も俺達の子と考えてくれな、戸籍関係なく五十人全員が俺達の子どもになった訳さ。
親から虐待を受けていた子達は苗字が変わるだけでも嬉しいと話してくれた。
それぞれ違った事情を抱えていて、父親の顔すら知らない子もいる、
でも、訓練校を選んでくれた子達は真面目な子が多い、養護施設の子ども達にも優しい目を向ける子ばかりなんだ。
形の上だけとは言え、故郷と家族を持つ事が今後の励みになってくれたらと思うよ。」
「児童養護施設の子達はどうするの?」
「村の大人達が親代わりになってくれている、しばらく様子を見て判断するよ、高校生で進学希望の子とは話をして来た。
谷川の方で色々計算して貰って、今後何人養えるかだね、進学希望の子は学費が大きいから。」
「福祉村関係は社外へアピールしづらい面が有るのよね、グループ関連が協力的とはいえ、資金的にはどうなの?」
「株式の配当は子ども達の為に、後は役員報酬を大学進学を目指す子の為に上げて貰うという事も考えている。」
「ふふ、今までが安すぎたし、使途の性格上反対はされにくいでしょうね。」
「学費以外は大して掛からないし、職業訓練校の連中は、ほとんどがすぐ経済的に自立すると誓ってくれた、その分を後輩達の為にと、一期生は迷わず村を選んだ子が多いからな。」
「お母さんは何時会いに行けば良いの?」
「そうだな…、向こうでしばらく暮らしてみるか、みんなが使える別荘にと建てて貰ってる家がもう直ぐ完成する。
うちの子ども達は置いて行って両親のいない生活をしばらく経験させよう、ちょっと寂しい暮らしを経験すれば、なぜ兄弟が増えるのかも納得し易いのではないかな。
周りには甘やかさないようきつく言っておかなくてはならないが、向こうの子達に幸せな家庭を見せつけるのも酷だろう。」
「そうね、寂しくも有るし、心配も有るけど新しい息子や娘たちはもっと辛い経験してきたのでしょう、向こうでも仕事は大丈夫なの?」
「問題ない、俺が動き回らなくてはならない様な組織ではないからね、何か有ったら谷川が動いてくれるよ。
明香がこっちの友人に会いたくなったら、親父のジェットヘリを飛ばせば良い。」
「私は雄太と暮らせるならどこでも構わないわよ。」
「じゃあ手配しておく。」
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77-母 [岩崎雄太-08]

職業訓練校。

「ねえ、もう直ぐ会えるのよね、お母さまに。」
「うん、お綺麗な方だからドキドキよね。」
「やっぱ君等はお母さまと呼ぶのか?」
「えっ、なんて呼ぶつもりなの?」
「母ちゃんとか。」
「そんな雰囲気じゃないわよ。」
「う~ん、小中学生の頃だったら、色々葛藤も有ったろうが、十九になった今だと単純に照れだけだな。」
「みんなが好き勝手に呼んだら混乱しないか?」
「でしょ、だからお父さま、お母さまで良いのよ。」
「でも俺達のがらじゃないだろ。」
「そうだけど、私達岩崎家の一員になるのよ、それなりの覚悟は必要でしょ、でも他の人が居ない所では親父って呼べる様になると良いわね。」
「お父さんは、この前親父って呼んで構わないって話してくれたが、問題はお母さんだ、映像で見せて貰ったけど、あんな綺麗な人、俺は緊張して近付けないぞ。」
「しばらく村に滞在して下さるそうだから、その内慣れるわよ、でも五十人もいる訳だから無理して近づこうなんて考えない方がお母さまにとっては楽かもね。」
「だよな、いきなり子どもが五十人増えたら名前を覚えるだけでも大変だぞ。」
「スケールが違うよな、親父さんはマジで挑戦しようとしてる、俺は弟や妹が一万人になっても驚かない、むしろその手助けをしたいと考えている。」
「当たり前でしょ、私達は言わば長男長女みたいなものなのよ、健司が四月生まれだから長男だってほざいてるけど関係ないわ、私達が弟、妹を引っ張って行くの、だから、人前ではお父さまお母さまときちんと呼びましょうよ、他の人がいない所ではフレンドリーでも、まあ順は当分無理でしょうけど。」
「俺は良いさ、でもみんなさ、あんまし我儘言うなよ、余計な負担を掛けては申し訳ないと思えよ。」
「分かってるって、あっ知恵、どうしたの?」
「お父さまから連絡が届いたわ。」
「どんな?」
「こちらへいらした日の夜に食堂でお母さまを紹介して下さるって、で、翌日からの夕食は自宅で五人ぐらいずつと共にされたいそうなの。」
「それってお母さまが食事を作って下さるって事?」
「だと思うわ。」
「私は、お母さまと一緒に食事を作りたいな…。」
「はは、それぐらいの我儘なら大丈夫じゃないのか、料理できる奴は十組に振り分けて提案しよう。」
「なあ、あの家、建物は完成したけど庭とかはまだまだだろ、息子と娘の有志で綺麗に出来ないかな。」
「良いわね、お父さまに連絡しておく、他にはないかしら?」
「今はないかな、知恵、長女役有難うな。」
「お前ら羨ましいよ仲良しで、でも二人とも岩崎になるんだろ、姉と弟となったら結婚出来ないんじゃないのか。」
「いや、法的に何の問題もない、親父さんも真面目な付き合いなら応援すると言って下さった。」
「そう言って離婚とかするなよ、村の大人達から早くに子どもを作って苦労したって話聞かされているだろ。」
「でも、真面目に働いて自分の家庭を持てとも言われなかったか?」
「そうだったな、覚悟が出来てるという事なのか?」
「ああ、就職先は違うが岩崎村の寮はすぐ近くなんだ、仕事に慣れて自信が持てたら結婚しようって決めてるんだ。」
「そうか、頑張れよ応援するからな。」
「有難う。」
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78-歓迎会 [岩崎雄太-08]

岩崎夫妻を迎えての歓迎会は食堂で行われた。

「それではみんなのお母さんだ。」
「明香です、よろしくね、お母さんと言ってもそれらしい事はあまり出来そうになくて御免なさい。
でも、困った事とか悩みが有ったら相談してね。
ただ、相談に乗るのは私の友達になるのだけど、子どもが多いからお母さんも沢山必要でしょ。
私はお母さんの代表ってとこかな、今日は五十人だから一人ずつとの挨拶は簡単に、明日からは時間をとってお話ししましょうね、では食事しててね、まずは…、あなたが翔太くんね、木工細工はやっていけそう?」
「はい、師匠が優しいのでこのままここの工房で働くつもりです。」
「田舎暮らしも苦にならないのね。」
「はい。」
「君が雄三くんか、竹細工は難しくないの。」
「やり始めたら楽しいです、師匠と相談して新商品も考案中なんです。」
「どんな商品が出来るか楽しみにしてるわよ。」
「はい。」
「知恵ちゃん、いつもみんなの取りまとめ有難うね、雄太も助かっているわ。」
「いえ、大した事してないです。」
「健一くんと一緒だから、岩崎村へ引っ越しても大丈夫よね。」
「はい。」
「あなたが祥子ちゃんね、明日の夕食、美味しいの作ろうね。」
「はい。」

五十人との顔合わせの後、有志による歌や踊りが披露され終了となる。

「なあ、俺達名札付けてないよな。」
「お母さまがみんなと話し始めた時、しまった~って思ったわ、名札ぐらい用意しておけば良かったって。」
「でも全員の名前と所属を覚えていらしたわね、私なんか未だに全員の名前覚えていないのに。」
「それはそれで問題だぞ、親父さんが学生で起業する時に手伝ったと聞いていたが、綺麗なだけでなく、それだけの能力をお持ちの方だったんだな。」
「みんな気付いた、お母さまがお話しになる時、誰一人容姿の話題に触れなかったし、健司が落ちこぼれ気味ってご存知みたいなのに踏み込まれなかったことに。」
「健司に関しては、これから指導が有るかもだけど、確かに祥子は必ず可愛いって褒められる、健一は背が高いって、別に良いと思うけど、お母さまは口にされなかった、皆を平等に扱いたいと考えてらっしゃるのかもね。」
「お母さんも沢山必要でしょって、さらって言われたけど、私、相談してみようかな。」
「何の相談、私でも良ければ相談に乗るわよ。」
「絶対だめ、あなたに相談したらすぐ全員に知れ渡ってしまうじゃない。」
「はは。」
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79-別荘 [岩崎雄太-08]

福祉村に建てられた岩崎夫婦の別荘は二階建ての広々とした母屋と、こじんまりとした離れからなる。
母屋の一階は広いリビング、三十人程度のパーティーが開けるほどの広さ、二階の客室も三十人が泊まれる様に設計されているが和室をフルに活用すればもっと多くの宿泊も可能になっている。
離れは、セキュリティーがしっかりなされ岩崎夫婦以外が立ち入る事は許されていない。
食堂での歓迎会翌日の午後、明香は祥子とキッチンにいた。

「冷蔵庫、大きいんですね。」
「一応十人位が使う事を想定したの、でも今後の展開次第では足りないかもしれないわね。
ささやかなパーティーだって出来る様にしたいけど、冷蔵庫や冷凍庫がどれぐらい必要になるかは、祥子ちゃん達や弟、妹次第になるでしょ。」
「そうですね、食堂の冷凍庫にはまだ余裕が有りそうですから、無駄が出ない様バランスを考えないといけませんよね。」
「ええ、でも必要だと感じたら遠慮せずに教えてね、他の物もそうよ、何でも無条件で買ってあげる事は出来ないけど。」
「あっ、自動車有難う御座いました、仕事で必要になるだろうと言われて免許を取らせて貰った連中、とっても喜んでいます。
最近では自信がついたのか、町まで乗せて行ってくれる事もあるんですよ。」
「台数は足りているのかしら。」
「交代で乗っていますから大丈夫だと思います。」
「祥子ちゃんは特定の誰かとドライブしたいとか思わないの?」
「えっ、それはその…。」
「正直でよろしい、免許取りたて練習用は多少ぶつけても気にならない様な安い中古車なの、買った頃は子ども達の為なんて感じじゃなかったけど、そうね軽自動車ばかりではなく多少大きい車も経験しておいた方が良いかもね、事故だけは気を付けて貰わないと困るけど。」
「はい。」
「祥子ちゃんも岩崎村で修行するのなら免許が有った方が楽よ、お父さんと相談してみたら。」
「は、はい。」
「でも、その前に今日の食材を揃えなきゃね。」
「はい、そっちはもう直ぐ、あっ、外に出ましょう、呼び鈴を押すなんて事を知らない様な人が来ますから。」
「え、ええ。」
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80-情報 [岩崎雄太-08]

程なくして別荘を訪れたのは地元のお年寄り達。
手土産替わりの野菜を祥子に渡し、明香と歓談。
長くなりそうだったが、まとめ役が気を使って切り上げてくれた。

「祥子ちゃん達は随分可愛がられているのね。」
「はい、でも初めてお会いした頃は戸惑う事ばかりでした、お爺ちゃんやお婆ちゃんに甘えるつもりで良いと言われても、そんな経験有りませんでしたから。
それでも職業訓練の一環として家事や菜園のお手伝いをさせて頂いたりする内に仲良くなりました。」
「そうなんだ、戸籍上やシステム上でみんなのお爺さんお婆さんになる人達は裏で支えて下さるけど…、御免ね、私達は形式的な家族としてしか向き合えなくて…。」
「いえ、そんな…、私達はお父さまとお母さまのお陰で、将来の不安もなくここで学習させて頂いています、これ以上を望んだら…、ふふ、権蔵爺さんだったら、ばちが当たるって言うと思いますよ。
本当に心の支えが必要な小中学生は村の人達が支えてくれています、みんな私の弟や妹なので私達が支えてあげたいのですが力不足で…、人生の先輩に頼っています。」
「そうよね、それで良いのよ…、あっ、お肉は?」
「もう直ぐ届くと思います、調味料や他の食材もまとめて買い出しに行ってます。」
「では、野菜から準備しましょうか。」
「はい。」

「ねえ、これからこの家も含めてだけど色々なルールを決めて行かなくてはならないでしょう。」
「そうですね、寮のルールは有りますが。」
「それでね、情報の共有をお願いしたいの。」
「どういうことですか?」
「一つの提案を五十人別々に伝えていては効率が悪いし、祥子ちゃんだけに話した事でも子ども達全員が知っていてくれると良いかなって。」
「分かりました、ここへ来た時全員携帯を持たせて頂きましたから、皆と相談してすぐにでも始めます。
私達から、お母さまへの連絡はどうすれば良いですか?」
「専用の携帯がもう直ぐ届く事になってるから届いたら教えるわ、電話は緊急時のみでお願いね。」
「もちろんです、メールだって…、あっ、他のお母さんとはどんな形でお付き合いすれば良いのですか?」
「基本、就職先の近くの方になる予定なの、まずはメールのやり取りから始めて…、そうだ祥子ちゃんは岩崎村だから、もう十六人お母さんがいるのよ、そこから一人を選ぶも良し三人ぐらいと付き合ってみるも良し。
岩崎村のお母さん代表と、どのSNSを使ってどんなやり取りをするか後で相談しましょう。
職場の情報だって教えて頂けるかもよ。」
「それは嬉しいです。」
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