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「無いんですよね。」 [檜を植える人]

「無いんですよね。」

場末の居酒屋。
昔は綺麗だったのだろうが、今はあちこちガタがきていて、入り口の戸なんぞまともに閉まりはしない。
出張での仕事に一段落つけ、なにげに立ち寄ったのは、そこの赤提灯に引き寄せられたという感。
まぁ敷居が低かったという訳だ。
店はすいていて、入ると客はカウンターに一人、奥からも声は聞こえるが良くはわからない。

カウンターに座り注文を済ませると、とりあえずすることの無い自分に気付く。
新聞、雑誌なども特に置いてなくて、仕方なく店内のメニューなどをながめてみる。
そんな私に気を使ってか、声を掛けてきたのは初老の先客だった。
「どちらから?」
まあ、よくある自己紹介的な雑談に始まって…。
何となく話しが社会情勢のことに…。
景気がね…、なんて今時の挨拶代わりのような会話がとぎれ、私が二杯目を酒かビールかに少し迷った後、生中を頼んで…。

そんな時の一言はちょっと唐突で、私は、すぐに返事を返せなかった。
「無いんですよね。」
彼は、つぶやくように、もう一度繰り返す。
「無いんですよね…。」
「何がです?」
それまでの会話をさりげに、頭の中で振り返りながら応えるが、よく解らない一言に、私は彼との会話が面倒なものになることを少しおそれていたが…。
「明日…。」
彼はぽつりとつぶやく。
明日? その言葉に若干の戸惑いを覚えながら、少しの好奇心もあって…。
「明日が…、無いんですか…。」
遠慮がちに聞き返してみる私。
「明日は寝てても来るだろうけどね…。
明日への夢…。
あなた、明日への希望とか夢とか有りますか?」
そう問われて、とっさに返答出来なかったのは、私の日常が日々の仕事を惰性で繰り返しているからにすぎなかったからだ。
間を置いて…。
「いやぁ~、ないですよね、仕事に精一杯で…、最近は景気も悪くて。」
とごまかす様に応えつつ、自分の口から出た言葉に寂しさを感じた自分がいた。
「若者にもないんですよ。」
彼は続ける。
「小さい夢しかね。」
「はぁ。」
「小さい夢、希望でもあれば、まだましなんですが…。」
突然の問いかけに自分の考えをまとめられないでいる私に…。
「この国を動かしている、政治家、企業のトップたちの頭にあるのは今をどうしのぐかで、二十年先、五十年先、百年先を見据えてやしない。
次の世代へ託す夢も持たない、持てないこの国で、明日への夢なんて描けやしないんですよ。」
「…。」
私には返す言葉が見つからなかった。
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「でもね。」 [檜を植える人]

「でもね。」

唐突にそんな声が後ろから聞こえる。
何時からいたのか、実直そうな若者が後ろの席から声をかけてきたのだ。
先客がその若者に応える。
「でも?」
「あきらめてる者ばかりじゃないんですよ。
おっしゃる通りの現状なのですが…。」
私には彼が少しまぶしかった。
あきらめてる者とはまさに自分のことだと感じたからだ。
と、同時に多くの疑問も湧き上がる。
宗教関係? それとも…、色々邪推してる自分がいた。
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「決まったよ。」 [檜を植える人]

「決まったよ。」

その時、入り口が勢い良く開けられた。
慌しく入って来た青年は、後ろの席の若者を見つけ嬉しそうに声をかける。
元気な声は店中に響いた。
「やったな。」
と応える若者。
「ビール、生中ね!」
と注文をする青年を横目に
何が? と、疑問を抱く私、彼は嬉しそうに話し始めた。
「やりましたよ。」
少し興奮気味にである。
「大学に新規の学部発足です。」
「へ~、どんな学部なんだい?」
先客が問う。
「明日を、未来を模索する学部なんです。」
そこを飛び込んで来た方の青年が続ける。
「我々の明日を、夢を持って研究する学部。
既存の研究のワクを超えてです。
分野にこだわらず、より暮らしやすい明日を皆で考えて行こう、という取り組みなんです。」
「と、言うと?」
「僕ら現在の日本に満足していません。
貧富の差の拡大、景気が悪化すれば、若者ですら就職に苦労する。
明日への希望が持てないどころか、今日を生きるのに精一杯の人が沢山居る日本は、果たして先進国と言えますか?
そんな現状をなんとかしようという気力すら持てない現状。
個人の力なんてたかが知れていますからね。 」
「うん…、で、君達は?」
「社会主義体制はその問題点をさらけだして崩壊、自由主義経済も価格破壊などによりバランスを大きく崩して限界、 今の経済社会が完成されたものでないことは明白ですが、次の体制、より完成度の高い社会の構築という視点が無かったと思うのです。」
「簡単なことでは有りませんが、より高い次元の社会体制を研究して…、そうですね…、十年先、五十年先、百年先にでもより良い社会が実現できたらという研究の場を作りたい、という我々の提案に、私達の大学が乗ってくれたんです。 」
「俺達、だめもとで動いてきたんですけどね。 学長も理事達も…、まぁ大学の独自性を高め、少子化の今日、より多くの入学希望者をという気持ちもあるのでしょうけどね。」
彼らの話は私に大きな衝撃を与えた。
今まで考えたことも無かったことだからだ。
若者達の話しに対して問題点の指摘を試みようとしている私の脳は、己の卑小さに気付き、ジョッキへ手を伸ばせと命ずる。
「まずは乾杯ということなんだね。」
「はい、付き合っていただけますか?」
「もちろんだ。」
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「ねえ、どうする?」 [檜を植える人]

「ねえ、どうする?」

小さな公園の小さなベンチ。
学校帰りはここでちょっと空腹を満たしながら、だべるのが私達の日課。
揺れる秋桜を見ながら明子がつぶやく。
「ねえ、どうする?」
どうする? の一言は目下の私達の最重要課題、進学の問題を意味する。
「どうしよう。」
「あそこは、新設ってとこが問題なのよね。」
「うん、親にも言われた。
新設だと、先輩が居ないし実績もないから就職の時に不利じゃないかって。」
「でも、新設だから面白そうなんだよね。」
「うん、うちのお兄ちゃんもね、就職の時の景気なんて今からじゃ解んないんだから、面白そうなとこへ行っとけばいいんだぞ、って。」
「おお、さすが彰人先輩だ~。」
「問題は倍率とかなんだけど…。」
「理恵の偏差値なら大丈夫じゃないの?」
「でもさ、人気出そうだし。」
「そうよね、明るい未来を創造しよう、だもんね…。」
「景気が悪いとか、地球温暖化とかのニュースばっかじゃ暗すぎ。」
「うん…。」
「明子はボランティア活動の実績が考慮されるんでしょ?」
「そうは聞いてるけどね…、そうそうボランティア活動の中心になってる人がね、あそこのキャッチに、ぐっときたって。」
「キャッチ?」
「ほら、檜を植える人になりませんか、ってやつ。」
「ああ、あれか。」
「自分も入学したくなったって…、七十過ぎのおじいさんなのよ。」
「え~。」
「年老いても植林地を守っている人たちは、自分のためではなく子孫の為に檜を植える。
自分が生きている間にその木が立派な成木になることはない。
でも、植える。
自分も子孫の為になることを成し遂げてから死にたいって。」
「重っも~。」
「特別入試の枠も有るから挑戦してみようかなって。」
「へ~。」
「とにかく活動的な人だから、同じ講義を受けることになったりして。」
「はは、おじいちゃんのクラスメートか…。」

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2010-04-15に書いて、そのままになっていました。
手を加えずにUPして檜を植える人の完結とさせていただきます。
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