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81-感謝 [岩崎雄太-09]

翌日、明香は知恵と健一の案内で村を周る。

「まずは一番奥の集落、一番初めに建てられた寮と工房へ行きますね。」
「知恵ちゃん、先輩方はどう? 優しくしてくれてる?」
「はい、優しい方ばかりです、そうでなかったらDV被害者の方々も安心して暮らせません。」
「そうか、逃げて来る人が増えてるのよね。」
「ええ、広い私有地の入り口に門も有るし、未登録車両が接近した時点で不法侵入者に備えるシステムが出来ていますから、ここに住んでいると分っても簡単には近づけません。
そんな情報を静かに流した事で移り住む人が増えているのだそうです。」
「かなりしつこい人も居るそうだから…、この村に住む人は皆、つらい思いをされてきた方ばかりなのね、私みたいに幸せな人生を送って来た人が、ここに居たら…、あなた方も嫌な気分になっているのかしら…。」
「お母さまは他の方とは違いますから、お金が沢山あっても自分や自分の家族の事しか考えない人ばかりなのに、お父さまとお母さまは社会の中で本当に困っている人に目を向け、一時的ではない継続的支援を実践して下さっている、ここの住民にとっては神様みたいな存在なのです。」
「そんなに立派じゃないわよ…、でもそうね…、初めて今の岩崎村をどうにかしようと動き始めた頃ね、雄太が、何人養えるだろうって話した事があって、あなた達のお父さまの永遠のテーマなのかも。」
「それなら、俺達も養う側にならなきゃな、知恵。」
「そうね、そうしたら、世の中の不幸がちょっぴり減るのかしら。」
「ちょっぴりが沢山集まれば良い訳だろ。」
「そうなのよ健一くん、でもね…、世の中のお金持ちは結構ケチくさくて、社会貢献で私達に対抗意識を持つ人が出て来る事を期待してたけど全然だめでね、逆にお金持ちでもない人達が積極的に支援して下さっている。
一番裕福な人が、一番貧困にあえいでいる人に手をさし伸ばしてくれれば、この国のバランスはもっと良くなる筈なんだけど。」
「どうなんですかね、さあ着きましたよ。」

「おう、健一、今日はどうしたんだ?」
「武井さん、今日は母の案内をしていまして。」
「こんにちは、何時も子ども達がお世話になっています。」
「あ~、大社長の奥さん…、ですよね…、ちょっと失礼します…、お~い、みんな~。」
「健一、武井さんには刺激が強すぎたみたいね。」
「はは。」
「どういう事なの。」
「食堂へ行けばご理解いただけるかも。」

「知恵ちゃん、この写真ちょっとやりすぎだと思わない?」
「そうですか、王と王妃という感じで…、改めて見直すと特別に修正もしてないですよね、あまりにお綺麗な写真だから修整されまくってるって、来た来た、あの詐欺師のおっちゃんが言ってたのですが、土下座させましょうか?」
「こらこら、だめよ。」
「奥方様ようこそおいで下さいました~。」
「ふふ、もう土下座してるし。」
「初めまして、岩崎明香です、そんな大げさにしないで下さい。」
「いえ、もう奥方様には感謝の言葉しか有りません。」

食堂に集まった人達は口々に感謝の言葉を、明香は多少戸惑いながらも笑顔を振りまいた。
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82-逃げ場所 [岩崎雄太-09]

福祉村で初めに建てられた施設は社会からの逃げ場所となっている。
就職しずらい経歴を持つ者は生きていくために犯罪を考える様に。
貧困にあえぐ人々。
しつこいストーカーに狙われ命の危険さえ感じて生きている人。
そんな人達が生活費の心配なく暮らせる施設。

「ここでの生活は如何ですか?」
「はい、穏やかに暮らせています、これを見て下さい、初期メンバーがここへ来たばかり頃の写真です、こちらが先週の写真。」
「皆さん表情が柔らかくなったのですね。」
「最初は、こんな田舎でという不安が大きかったですが、衣食住に困らない生活の中で仕事を始めて、仲間も出来、今は、住めば都という言葉を嚙みしめていますよ。」
「それでも都会へ帰りたがってる人はいるのでしょう?」
「ええ、います、でも金を貯めてからの事で、今は真面目に働いています。」
「そうするとアルバイトのままですか?」
「まだ株式会社岩崎の採用条件に届いてない連中です、慣れたら気が変わるかもしれません。
私は正社員にして頂けたので、再婚して施設の子の里親に成れないかと相談しています。
子育てをするのに充分な給料を頂いていますから。」
「有難う御座います、ほんとは小さな子達も養子にして行きたいのですが、大勢養育すると養護施設と同じになってしまいますので施設の支援をしています、より多くの大人が係わって下さると子ども達にとってプラスになると考えています。」
「はい、ここへ来る前の環境で、いじめられていた子ばかりです、それを知って職業訓練の子達も積極的に面倒を見てくれますし、我々もみんな自分達の子だと考えて接する様にしています。
田舎暮らしになったけど生活環境はよくなったみたいで、子ども達は喜んでいます。
高校生も諦めていた進学の夢が叶うかもしれないと嬉しそうでした。」
「大学を卒業して就職後も見守って行くシステムを考えています。
高校生は通信教育ですが、みんな挫折せずに単位を取得出来そうですか?」
「はい、小さな高校みたいな感じで、課題に取り組む時は、机を並べて教え合いながらやってます、私達も交代で指導に当たっていますが、三人は国公立を狙える力が充分に有ります。」
「国公立がだめだったら、岩崎学園大学でも構わないかしら。」
「第一希望にしたいと話してる子もいますよ、かなり難しいみたいですが。」
「特別枠を作る予定が有ります、条件は現在検討中ですが一般入試よりは楽になります、その代わり特別な課題をこなす事が必要になります。」
「課題ですか。」
「ええ、入試の為に使う時間を、入学後の学習、一般入試で入って来る子との差を埋めるべく予習に充てたり、ボランティア活動に参加して貰ったり、特別合宿に参加とか考えています。
目的は人としての成長です。」
「持っているハンディを軽減させると。」
「はい、希望が有れば私どもの養子として迎えますし、そうでなくてもグループ企業の社員やその家族同様に守って行きます。
何か問題が起きた時、ここの養護施設出身者はこの村の事務局が親代わりをします、岩崎学園大学に入学した人は大学が親代わり、グループ企業に就職したらその会社が親代わり、複数の親代わりを持った人は、その時の都合で頼る先を選べば良いと考えています。」
「手厚く支援して下さるという事ですか?」
「はい。」
「人生を転落していく前に頼れということですね。」
「訓練校でも養護施設でも、犯罪させない教育に力を入れて貰ってます、更に逃げ場を示して守って行きたいのです。」
「そうですね、私もここに逃げて来て、やっと人間らしく生活出来る様になったと思います。
ここを巣立って行く若者が自分の故郷だと思ってくれたら、逃場としてだけでなく、良い思い出の場所としてくれたら嬉しいのですが。」
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83-逃げて [岩崎雄太-09]

工房では。

「聞いてはいましたが、竹細工や縫いぐるみの他にも色々作っているのですね。」
「ええ、商品として利益を上げてる物ばかりでは有りませんが。」
「子ども達の為にはどんな物を作っているのですか?」
「簡単なバッグとか小物入れとかですが、名前を入れる様にしています、あなたの為に作った物って伝わる様に、みんな顔見知りですから希望を聞きながらです、最近では作り方を教えて欲しいという子もいて、休みの日は一緒に作業をしてます。」
「有難う御座います、子どもの頃から色々な大人と接するのは良い事ですから。」
「楽しいですよ、お菓子作りに挑戦するグループがありますし、上級生の作る食事も美味しいです。
料理が出来れば生きていけると言われているそうで、メニューも増えています。」
「食堂担当が先生役なのですね。」
「はい、職業訓練の子達も手伝ってくれています、家族とまでは行かなくても仲良しグループにはなっていますよ。
トラウマがあるのか他人同士の喧嘩でも極端に嫌がる子がいますので、揉めそうになったら周りがすぐ止めてくれます、お陰でいたって平和です、いじめを受けてた子が多いからかもしれませんが。」
「そうですか、子どもによっては、ここでのんびり暮らして行くという選択肢も有りだと考えていますが如何でしょうか?」
「競争の厳しい都会より良いかも知れません、みんな高校を卒業したら出て行かなくては行けないと考えていますが、ずっとここで暮らしたいという子もいます、仕事が有れば良いのですが。」
「皆さんが頑張って下さっているお陰で、この村はもっと大きく出来そうです、利益が出ている部門も増えています、空いてる土地はまだまだあります。」
「私は訳あってここへ逃げて来ましたが、来て良かったと思っています、ずっと都会暮らしでしたから不安も有りました、でも満員電車に乗らなくて良いですし、お金の心配も無くなりました。
今は、小物を作りながら商品企画の仕事もさせて貰っています。
私自身ずっとここで暮らして行けたらと考えていますが大丈夫でしょうか。」
「不安なく暮らして頂けるように、特にこの村は部外者の立ち入りを制限した状態で発展させて行くように指示が出ています。
私有地に出入り出来る部外者は近隣のお年寄りぐらいですが、何か有りましたらすぐ所長に話して下さい。
ご希望で有れば死ぬまでここで生活して下さって構いません。」
「有難う御座います、セキュリティチェックは、ここへ逃げて来た女性メンバーが交代で行っています。
こんな所まで追っては来ないと思っていても…。
私はかなり落ち着きましたので新しいメンバーの相談相手もしています、皆、殺されるかもしれないという経験をして来ました。
それぞれ思いは様々ですが、しばらく暮らしていると中途半端に逃げているより思い切って良かったと話してくれます、ここなら所在が知られてしまっても大丈夫かもって思えますから。」
「関係者は全員、絶対皆さんを守ると話しているそうです、もちろん私もです、不便な部分をどれだけカバー出来るか分かりませんが。」
「いえ、私達は充分お世話頂けています、私達より子ども達の未来をお願いしたいです。」
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84-選択肢 [岩崎雄太-09]

その日の夜。

「明香、村の様子はどうだった?」
「思ってたより和やかな雰囲気だったわ、詐欺師のおじさんには驚かされたけど、でも逃げて来た皆さんの話には色々考えさせられた、セキュリティが厳重過ぎかと思っていたけど、そうでもないのね。」
「ああ、執念深い輩が居るそうだからな。」
「工房はそろそろ谷川くんの所から現地指導担当を派遣して貰っても良くないかしら、特殊事情を理解した人に限るけど。」
「人間関係が落ち着いているという事か。」
「ええ、無理の無いレベルでなら効率アップや新規事業展開を受け入れて下さると、自立の度合いを高める事は彼等の望みでも有ると感じたの。」
「それなら、職業訓練の連中にも、養護施設の高校生にも、もちろん工房メンバーにも良い刺激を与えてくれそうな女の子を送り込むかな。」
「田舎暮らしは大丈夫な子なの?」
「自分の力を試せる所ならどこだって行きますって、そんな子だよ、実習として打診してみるが、了承して貰えたらしばらくこの家で暮らして貰う、明香も人物を見てくれないか。」
「幹部候補なのね。」
「そんな所だ、人を引っ張って行くセンスは学習で簡単に身に付く訳ではないからな。」
「一人だけなの?」
「必要なら自分の判断で増員要請すると思う、立ち位置は所長補佐から始めて貰おうかな、とりあえず連絡はしておくよ。」

「村の大人は住まいと仕事に気を配っていれば自立して行けそうだけど、問題は子ども達ね。」
「ああ、特に進学を考えている子は学費と生活費、独り暮らしとなると割高になるからな。
バイトで生計を立てるとかはさせたくはないから、どうしても人数は増やしづらい、岩崎学園大学なら寮に住んで貰えば良いが、力の無い子を入れてレベルを下げる訳にも行かない、特別枠としても一般入試組に全くついて行けないというのでは本人も辛いだろう。」
「そうね、ここの職業訓練校なら全寮制、自立型だから運営費はそんなに掛からないのにね。」
「何のための進学なのか、考えて貰って選抜して行くしかないかな。」
「代わりに職業訓練校を充実させれば良いと思うわ、本気の目標が有る子なら大学に拘らないでしょう。
今はネット環境が充実してるから選択肢はもっと増やせると思うわ。」
「そうだな、明日子ども達とも相談してみよう。」
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85-後輩 [岩崎雄太-09]

翌日、訓練校の食堂。

「親父さん、職業訓練校の充実ですか…、中学生の中には高卒の資格を取らずに訓練校に入って早く働きたいと話してる子もいますがどうでしょう。」
「う~ん、そうか、中卒ですぐ就職はきついだろうが、ここで仕事について学んでからなら離職率が下げられるかもしれないね、職種の希望は聞いてる?」
「大工とか整備士とかです。」
「中卒なら急ぐ必要はないか、高校に通う代わりに…、なあ高卒の資格って必要ないのか?」
「私達は実社会の事、まだよく分かりませんが、岩崎家がバックで守って下さるのなら拘らなくても良いような気がします。
英語の学習をするより、敬語をきちんと話せる様になった方が良いレベルの子もいるそうですから。
授業中昼寝して高校を卒業するより、その時間を使って仕事を覚えた方がプラスになるかもしれません。」
「興味のない事に時間を使うのは無駄かもな、学力の高い子にとってはプラスになる学習であっても。」
「私達、一年間は必修ですが二年目以降は相談して卒業、就職のタイミングを決めると言われています、中卒の子が高校に通うつもりで訓練校で暮らす事も可能ですよね。」
「ああ、問題ない、ここの運営は君達が自主的に働いてくれているお陰で経費は大して掛かっていない、長く続けて行けると確信しているよ。
私としては就職に失敗して、そこから人生を良からぬ方向へ進めてしまう人を減らしたい、その為にどうして行くかなんだ。」
「親父さん、自分は師匠と相談して後輩の面倒も見て行きたいと思います。」
「うん、頼むよ。」
「訓練で作ってる商品がもっと高値で売れる様に頑張ろうぜ。」
「あっ、そうだな…、面白くなるかもしれない。」
「えっ、何か有るのですか?」
「まだ、話せないが少し動いてはいる、みんなはこの職業訓練校の今後の姿を相談して貰えないだろうか、後輩達の為に。」
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86-里美 [岩崎雄太-09]

しばらくして村へやって来たのは岩崎学園大学三年生、伊藤里美だ。

「里美ちゃんこの村の事は掴めた?」
「はい岩崎理事、急がずバランスを考えなくてはいけない事情は事務局で把握してきたつもりです、微妙な部分は明日から所長に確認していきます。」
「とりあえずこの村の全部に首を突っ込んでくれて構わないが、どうかな?」
「実際に会って話をしてみないとですが、工房の中心人物、職業訓練校のリーダーと話が合えば早いと思います。
それより…、私も娘にして貰えませんか、岩崎里美になりたいのです。」
「事情は聞いているが、余計なトラブルにはならないのか?」
「相続で揉めてる人達から離れたいです、卒業までの学費と生活費だけは確保して。」
「分かった弁護士を付けて処理して貰うよ、まずは相続の処理、それが終わって気が変わってなければ養子の手続きをして貰おう。」
「有難う御座います、でもずるいですよ~、私に内緒で五十人の隠し子を作っていたなんて。」
「おいおい、人聞きの悪い表現をしないでくれよ。」
「娘が一人増えるぐらい、なんて事ないですよね。」
「はは、もちろんだ、学生達は全員私の子どもだと思っているからな。」
「ふふ、愛人でも良いんだけどな~。」
「こらこら、冗談でも言ってはだめだぞ、後で明香とも話をしよう、部屋の片づけは済んだのか?」
「はい、大した荷物はないですから。」
「ならば明日以降の活動だが、まずは私達夫婦で君を紹介をして回る、これは所長補佐という肩書に重みを付ける儀式ぐらいに考えてくれな。」
「スムーズな交渉の為ですね、特に大人との。」
「職業訓練生からは嫉妬されると思うが、この広い母屋の使い方を共に考えていけば、いずれ解決するだろう。
そうそう、他の同居人が越して来るまでは明香が隣の部屋で寝るから甘えても良いぞ。」
「同居人の候補はどんな人なのですか?」
「工房の寮に住んでる人の中から、子ども達の相談相手的な女性に来て貰おうかと調整している、子どもが多いからお母さんも複数必要だということさ。
それに合わせて、訓練校の寮から交代でここに住んで貰う、一番の目的は彼等が親になった時、子どもと問題なく向き合える様にというトレーニング、時には養護施設の子を一時的に預かる事も考えているが、まあ実際に親になってみないと問題は見えて来ないだろうな。
それでも、真面目に結婚を考えているカップルもいるから…、親を知らずに親になる事は重いテーマだろ。」
「私は親を知ってるだけ幸せなのですね、彼等の姉として心しておきます、まあ姉を差し置いて結婚するなんて、という立ち位置にでもしときましょうか。」
「はは、可愛がってやってくれ、君の武勇伝はさりげなく伝わる様に考えているからね、それを知ったら簡単には逆らえないだろう。」
「そんな、武勇伝だなんて…。」
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87-レポート [岩崎雄太-09]

里美が村へ来て一週間、彼女は精力的に村を周り人と接している。

「里美、今日まで村のみなさんと接してみてどうだった?」
「はい、皆、この村の事を真面目に考えておられます、私の親戚の様に自分の事ばかり考えてる人が思っていたより少なくて意外でした、ここへ来るまでの経歴だけでは判断できないと痛感しています。
職業訓練校の弟や妹達も、学力では計れない人間としての力を持っていると感じています。
児童養護施設を外して計算すれば黒字化はさほど難しくないです。」
「慌てる必要は無いし、訓練校の規模拡大や訓練内容に幅を持たせる事も考えて行きたいからな。」
「はい、問題は養護施設の子です、夢を見させてあげたいけど、現実も教えて行かなくてはならないというジレンマが有りまして。」
「どんな夢を?」
「漫画家になりたい子やダンサーを目指したいという子がいます。」
「漫画家はとりあえず趣味の範囲で上を目指させれば良いかもな、ダンサー希望は大学近辺で職に就かせて、イベントのオーデションを経験させる事も可能だな、上に上がって行くには教えられて、というより本人の努力とセンスじゃないのか?」
「う~ん、確かにそうです、実力が有れば上がって行ける環境を用意、実力がなければその現実を本人が気づけるかどうか、という事ですね。」
「プロの道は厳しいが趣味でやって行く分には問題ない、それぐらいの環境は作ってあげよう。」
「はい、ところで私の活動はレポートで報告する必要ないと言われてますが、その~、それで単位の方は大丈夫なのですか?」
「はは、レポートはぼつぼつ出始めているよ、株式会社岩崎の社員、職業訓練校の訓練生は課題として所長補佐からの指示についてレポートを提出する様に指示が出ているからね、後で見せるから。」
「それが私の評価になるという事ですか?」
「まあな、簡単に言えばレポートをまとめる時間が有ったら、その分ゆっくりしたり、この村の事をを考える時間に充てて欲しいと考えているんだ、もちろん自分の考えをまとめたり先輩方の意見を求める為のレポートが必要ならまとめてみたら良いよ。」
「実習生として報告を求められないのが不安なのですが。」
「君のここでの活動は結果が見えやすいからね、里美がここで頑張ってる事は、もうみんな知ってるんだ、君の時間を大切に考えて周りは動いている、休む時は休むべきだし、余裕が有ったら訓練生や養護施設の子との時間に充てて欲しい。
君は報告する側ではなく、報告を受ける側だと考えてくれるかな。」
「あっ、そういう事でしたか…、分かりました、確かにレポート作成に時間を掛けるのは無駄かもしれません。」
「提案は口頭で伝え、結果は自分の目で確認出来そうです、大学や事務局への報告は私からでなくても良い訳ですね。」
「もちろん、その報告には目を通してくれな。」
「はい、分かりました。」
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88-組織 [岩崎雄太-09]

里美は雄太や明香とも相談しながら村の形を整え始めた。
村を作り始めた段階では、村人の自主性、主体性を重視と考え組織的な事を二の次にして来た。
だが、村人が増えつつある今、組織固めは必要だ。
まず着手したのは組織の中核。
所長は村長に格上げし村全体を見て貰う。
その下に、総務、工房、農業、職業訓練、育児、児童養護などの各責任者とスタッフを置いた。
スタッフはこの地で株式会社岩崎の社員になった人が中心となる。
この組織作りの過程で、里美は部署変更の希望を受け付けた。
単なる受付だけではなく提案の形でも。
その提案が的を得ていた事も有り、里美は村人達から信頼される様になって行った。
長野の事務局で行っていた業務も、徐々に村へ移している。
その作業には、職業訓練生達も関わった。
里美は、訓練生達に、村を一つの会社と見立て収益を上げて行く事を、単に給料を貰って作業しているというレベルではなく、資金の流れをきちんと把握し理解する事が大切だと教えた。
職業訓練のカリキュラムで株式会社の仕組みを学習していたが、里美の話はより具体的で分かり易かった。

「里美姉さん、もし村の拡大を止めたら養護部門以外では黒字化出来ますよね。」
「ええ、出来ると思うわ、ただ、ここは原材料の仕入れや販売の部分で多くの協力者がいて成り立っているという事を忘れちゃだめよ。
普通の企業活動では誰もただでは協力してくれない、それが分かってるから村の大人達も気軽にはここを離れられないの、まあ理由は様々でしょうがね。
それと、今、拡大しておく事で将来の収益を上げる事に繋がるし、もちろんこの村を必要としてる人を助ける事にもなりますからね。」
「はい、投資の重要性は分かっているつもりです。
里美姉さんはここへ来る前、会社の立て直しをしていたのですよね、大学生で有りながら。」
「まあね、お父さまが天才と語られている谷川社長の指導も頂きながらですけど。」
「お母さまが教えて下さった事例では、皆が諦めかけた案件を里美姉さんが救ったってのも有りましたが。」
「あは、あれは偶然よ、たまたまタイミング良く四つの会社の技術に気が付いただけで、後のマッチングは先輩方の力だし、成功できたのは社員の方々の努力の賜物よ。」
「でも、一見全く関係ない技術だったのでしょ、私には絶対無理だわ。」
「何言ってるの、私には祥子ちゃんが作ってくれる様な、美味しいお菓子は作れないわ、祥子ちゃんはもっと自信を持ちなさい。」
「うふ、今日のおやつは特製クッキーです、好評なら商品化も考えてます。」
「それは楽しみね、お店でも出せると良いわね。」
「はい、国道沿いに出来るお店…、お客さん来て下さると良いけど。」
「この村のみんなが協力して良い店にしてくれたら、きっと大丈夫よ。」
「お店で売る商品開発の話し聞きました、里美姉さんの提案にみんな目から鱗が、なんて。
花瓶はまだ高く売れる代物じゃないけど、竹細工と布を組み合わせてみたらお洒落になったって。
組み合わせも色々選べるから、お土産を選ぶ時にセンスが問われて楽しいのではないかと。
今まで、横の繋がりの弱かった工房ががらっと変わったそうです。」
「私にとっては当たり前の事なんだけどな、そうそう料理を考える時は手に入る材料を基準に考えていると思うけど、欲しい食材を農業チームと相談しても良いのよ。」
「あっ、そうか、みんなで協力してって…、ここの環境に合った作物、特産品になりそうな物もみんなで相談して行けば良いのですね。」
「ええ、それを使ったオリジナルクッキーとかね。」
「まずは、お菓子作りチームで話し合ってみて、それから提案してみます、えっと、こんな提案は誰にすれば良いのですか?」
「そうね、まずは村長かしら、反応が弱かったら農業チームに直接でも良いわよ、その結果報告は私へお願いね。」
「はい、分かりました。」
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89-店 [岩崎雄太-09]

村では訓練生の実習を兼ねての店を開くべく準備を進めている。
場所は村から一時間ほどの国道沿い。
飲食店、土産物屋、村で採れた野菜の即売所でスタートだが、近くの漁港に水揚げされた魚介類などの販売も視野に広げて行く予定だ。
今は職業訓練校の二期生も開業の準備を手伝っている。

「先輩、村の人達がこんなに仲良くしてるとは思っていませんでした。」
「そうだね、自分がここへ来た頃とは随分変わったよ、まあお互い何かしらのハンディを背負っているからかな、でも、店への取り組みは大きかったと思う。
みんなで意見を出し合い、力を出し合い、時にはぶつかりつつも…、はは、里美姉さんには誰も逆らえないから話は早かったけどね。」
「そんな怖そうな人には見えませんでしが。」
「怖くはないよ、でも理詰めで説明してくれるから、みんな気持ち良く納得してしまうのさ。」
「へ~、もっと話したかったけど、今は大学の方に戻っておられるのですよね。」
「大学四年生だから色々有るのさ、でも少なくとも卒業までは俺達の村をメインに活動して下さるそうだ、来週末辺りには帰って来てくれると思うよ、店の開店に合わせて。」
「それまでにしっかり準備を終えていないと怒られそうです。」
「はは、君がそんな心配をする必要はないよ、準備は順調に進んでいるから。」
「お客さんは来て下さるのでしょうか?」
「人口が少ないから微妙ではあるけど、店も少ないからね、観光地の中間に位置しているから休憩には程よい立地と考えている、でも店に魅力が無ければだめだな、君もメインは裏方の実習だけど、時には接客をする可能性も有るから覚悟しといてな。」
「はい、接客研修も受けています、後は通販の出荷作業も、併設の倉庫は将来的に物流センターになるそうで。」
「いや、規模は小さいがすぐ物流センターになるんだ、それで人手が必要だから自分はここに残る事にしたんだ、他の選択肢も有ったけど、残ってここを盛り立てる者、他の地で自身の足場を築き外から支援を試みる者に分かれる事になってね、そりゃあ出て行く連中は心変わりするかもしれないが、それでも構わない、ここが俺たちの故郷だって心に残していてくれれば、心の拠り所としてくれれば良いと親父さんも話してくれている、店はその一つのシンボルかな。」
「形の上だけでも家族と故郷が欲しかったらって…、始めは良く分かりませんでしたが、変に押し付けようという事ではなく緩やかに、村の仲間として受け入れて貰ってる感じは悪くないです。」
「だろ、町の養護施設にいた頃は感謝を強要された事なかったか、ここではそんな事は一切ないんだ。
だから余計に感謝の気持ちが湧いてくるのかな。」
「その気持ちが店を成功させようという気持ちを強くしているという事ですか?」
「ああ、そうかもな。」
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90-厨房 [岩崎雄太-09]

国道沿いの複合型店舗で、すぐに売り上げを伸ばしたのは食堂。
広い駐車場を持つ新築の店が目立った事も有り、国道利用者が試しにと立ち寄ってくれる。
皆で試行錯誤し完成させたメニューは好評で、すぐにリピーターが増え始めた。
もちろん接客トレーニングの賜物でもある。

「里美姉さん、トレーニングを兼ねた店員を多目にして良かったですね。」
「そうね、お昼時に満席状態が続いているお陰でお弁当も順調に売れてる、その割に全体が無駄なく回っているのは、みんなの頑張りと各部署のリーダー達が良くやってくれてる事の結果ね。」
「ただ、土産物売り場が今一つですが。」
「飲食系がまだまだ伸びそうだから、そっちは様子を見ながらで良いわ、売り上げが伸びなさそうならバスツアー関連に営業を掛ける所だけど、競合施設が無いからその必要もないでしょう。
観光はシーズンによって変動が激しいから、焦って動き過ぎるとキャパシティーを越える事態になりかねないの、まずは全体の拡張工事と新店舗建設にゴーサインを出したわ、後は集客状況やお客様アンケートの結果を踏まえて進めて行くわよ。」
「店の近くに新設された寮の大きさを考えるとかなり強気ですよね。」
「ええ、私達には過疎地の再開発という目標も有ります、このエリアの魅力が高まれば転出して行く人も減るでしょう、私達の村にとっても最大の収入源にするわよ。」
「はい、すでに次の収支報告が楽しみな状況ですが。」
「どう、早番の子から愚痴とか出てない?」
「多少は耳にしていますが問題になるレベルでは有りません、修行の内だと納得してるみたいです。
朝食のお客さんはまだ少ないですが、村人の為にも早起きは必要ですから。
それにしても、総料理長の指示の下、各厨房の稼働率が一気に上がったのには驚きました。
養護施設の厨房を利用して仕込みをしたり、工房併設の厨房で、とれたて野菜の下ごしらえ、訓練校の厨房ではお弁当作りと並行して新商品の開発に取り組んだりと実戦的な実習となっています、各厨房リーダーと総料理長のチームワークの良さが作業効率を高めていますね。」
「どの厨房もお父さまの指示で無駄に広く作られているの、もちろん職業訓練を想定してみえたからだけどね。」
「どこも、訓練生やアルバイトの大人達が頑張ってくれています。」
「そうね、でも、これからは職業訓練を終え、就職の為に村を離れる子も出て来る、新たな訓練生も迎え入れて行く、ここは常に職業訓練の場でも有るから落ち着かないという事は理解しておいてね。」
「はい、マネージャー見習いとして、しっかり現状分析していきます、あっ、里美姉さんの事、役職名で呼ばなくて良いのですか…、ってか、肩書は何ですか?」
「あらっ、私の肩書は姉さんよ。」
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