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01 目覚め [KING-01]

 暗黒。
 混沌。
 その中で始めに意識した言葉は『死』。
 何故か頭に浮かんだ。
 それから『生』。
 その後は、それらから連想される語句が続けて浮かんだと思うが、すぐに様々な単語が強烈な勢いで頭を駆け回り始め、訳が分からなくなる。
 凄まじい混沌の後、記憶や思考という言葉に辿り着く。
 そして、自分が記憶を取り戻している最中なのではないかと認識するに至った。
 それが正しいのかどうか分からないまま、混沌とした脳内が少しずつ落ち着き始め、思考能力を取り戻したと意識する。

 それまでは寝ていたのだと思う。
 もしかすると気絶していたのかも知れない。
 過去に感じていた記憶は、こんなに混沌としたものでは無かったと…、思ったのか思い出したのか…、まだすっきりしない。
 発狂というワードも浮かんだが、こうして思考しているのだから、脳が完全に壊れているという訳ではなさそうだ。
 ただ、何か大切な物を失ったという喪失感が残っている。
 そんな状況で目覚めた。
 この目覚めとは目を開けること。
 しかし、周りは薄暗くほんとに目を開けてるのかどうか自信はない。
 取り敢えず自分の置かれている状況を確認をすべきだと、脳のどこからか指令が発せられたので、私はその指示に従う事に。
 まず、意識を自分の下、つまりどこに横たわってるのかに向けてみた。
 寝心地は悪くない、手には布団の感触が伝わる。
 ほんとに暗いのか自分の目に異常が有るのか二つの可能性に気付いたが、しばらくして目が慣れたのか、暗いながらも少しづつ見える様になったので目は大丈夫の様だ。
 と、言っても薄っすら見えるのは掛布団ぐらい。
 横たわったまま見える範囲の確認をして行くが、天井はグレーの単色、暗いからグレーに見えるのかもしれない。
 壁もグレーの単色、目に入る範囲に窓もドアもない。
 これ以上の情報を得るには起き上がらなければならないが、今一つ力が入らない。
 色々な可能性を考えてみる。
 何らかの事故に遭い記憶だけでなく体にも問題が有る、もしくは単なる病気か、長く寝すぎて体に変調をきたしているのか等々。
 結論は出ないが手はかろうじて動くので意識を手に持って行き動かす。
 続けていると、少しずつほぐれ血流が良くなったのか徐々に動きが良くなって行く。
 体をほぐす作業をしばらく続けた結果、姿勢を変える事にも成功した。
 それに伴なって部屋全体を視認出来る様になったが、それは自分を喜びに導いてくれなかった。
 部屋には何も無い、いや、そもそも自分の存在している空間が部屋と呼んで問題の無い代物なのかどうかも怪しい。
 始めは天井と壁、床、そう認識していたがその境目は見当たらない、窓もドアもない。
 グレーに囲まれた空間に寝具と自分だけが存在するという現実と向き合って、すぐに絶望しなかったのは単に状況が理解出来ていなかったからだと思う。

 何とか動ける様になり、自分のいる部屋がかなり狭いと分かった頃、自分が空腹だという事に気付く。
 だが、気付いても出来る事はない。
 壁が普通に固い事を確認した後は、拳の痛みに耐える以外、する事はなくなっていた。

「気分はどうだ?」

 唐突にインタビューされる事は想定の範囲外だった、いや何も想定していなかったというのが本当の所だ。
 突然の声に驚きはしたが、なぜか冷静に応えたのはその声が若い女性のものだったからかも知れない。
 声に優しは感じられなかった、上官が部下に問うと言ったところか、それでも嫌いな声ではなかったので。

「最悪だな。」

 まあ、静かな口調で応えた。

「だろうな、何か望みは有るか?」

 この状況での問いとしてはどうかと思う、現状では何から要求すれば良いのか分からない、ただ声の主になめられるのは否定したかった、まあ敵意は感じられないのだが。

「まずは飯だ、後部屋をもう少し明るくして欲しい。」
「そうか、何が喰いたい?」
「そうだな、寿司とビール…。」

 寿司もビールもしっかり自分の好みを指定してやった。
 どうせ出せまいという想いからだ。
 だが、意に反して注文通りの品が出て来た。
 目の前に、唐突にだ。
 そして気付く、自分はこんなものを好む人間なのだと、そう、怪しい記憶の断片から自分は寿司とビールを選択したのだ。
 味は悪くなかったと思う、こんな状況でなかったら。
 食事が終わるまで静かだった。
 部屋は幾分明るくなったが、雰囲気は変わらない。
 灰色一色、光源は分からない、床も含め部屋全体がぼんやり明るくなったという感じだ。

「どうだ、落ち着いたか。」
「ああ。」

 何となく落ち着いてはいるが目の前の皿が突然消えるのを見たばかりだから微妙では有る。

「お前は何と呼ばれたい?」

 名前を聞かれた訳ではない。
 こちらの記憶がおかしくなっている事を知っているのだろう。

「そちらは私の事をどう呼んでいるのだ?」
「正式名称は試験体59782154065、通称は65だ。」
「試験体? モルモットという事か?」
「人間とモルモットとの関係性、モルモットという言葉の使われ方から判断の結果、肯定だ。」
「そうか、ここは檻の中という事か。」
「65と呼ばれて抵抗がなければ、今後65と呼ぶが良いか?」
「ちょっと待て、その前にお宅の名前を聞いてないのだが。」
「本名をお前らの言語に直すのはやっかいなのだ、マリアとでも呼んでくれ。」
「聖母さまか、なぜその名を選んだ?」
「深い意味はない。」
「そうか、私の呼び名は少し考えさせてくれ。」
「了解した。」

 自分の名前は全く思い出せない、自虐的にモルモットとかが浮かびはしたが呼ばれ続ける事を考えて却下した。
 ならば…。

「キングと呼んでくれ。」
「キングか、それは王という意味だな。」
「ああ、この狭い空間は俺にとっての国なのだろ、王様一人だけの王国だ。」
「了承した、これからキングと呼ぶ事にしよう。」
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02 城 [KING-01]

「キング、部屋は満足か?」
「檻にしても、ちと殺風景過ぎやしないか、せめて鉄格子でも見えないと雰囲気が出ないぞ。」
「それが望みか?」
「い、いや…、広い窓から海が見渡せる部屋が理想だな。」
「広い窓というのは抽象的だ。」
「適当で良いよ。」

 その瞬間…。
 マリアはほんとに適当にやってくれた。
 私のささやかな王国となったばかりの灰色の部屋は、周りを海に囲まれた小さな島となったのだ。
 三百六十度広い海を見渡せるが、窓どころか部屋と思える物もなく、島と海しかない。
 寝具も消えたので、本当に殺風景だ。
 でも、空は青く白い雲が流れて行く。
 水に手を入れ、なめてみると塩の味がした。

「これは泳いだら別の島にたどり着けるのか?」
「試みない事を推奨する。」
「だろうな。」

 これは映像なのだろうか?
 だが海水は本物だ。
 風も感じる。
 随分手が込んでるというか、それでも陸地は元の部屋と同じぐらいの広さしかない。
 満ち潮になって溺れる、引き潮になって陸地が広くなるとかするのだろうか。

「キング、満足したか?」
「前よりは随分良いが陸地が狭すぎる、もう少し広く出来ないか。」

 言ってみるものだ、その瞬間、陸地はあっさり野球が出来る程の広さになった。
 王国の領土が戦争をする事無く広がったのだ。
 実際に歩いて回る事も出来るがこれは元居た部屋なのだろうか。
 自分にはグレーの空間から移動したという感覚が全くなかった。

 それから、この島での生活が始まる。
 名前という概念はしっかり持っているのに自分の名前を思い出せないままでだ。
 まあ記憶喪失というのは、こういうものなのだろうと深く考えない事にした。
 こんな時に、楽観的といった言葉が浮かのが面白い。
 記憶している事を自覚していなかった言葉が、何かを意識した瞬間に関連して出て来る。
 切っ掛けが無いと自分が何を記憶しているのか分からないのだ。

 ここでの生活は至って規則正しい。
 朝になると目が覚める。
 マリアの用意してくれた朝食を摂る
 そして、マリアと島の改造や城の建設。
 城は、ここが自分にとっての王国ならば城が欲しい、と言ってみたら、あっさり受け入れられて建設が始まった。
 勿論、私は我儘を言うだけで作業はマリアがしてくれる。
 ただ、これはなかなか難しい。
 城に関する知識は浮かんで来るが、マリアに対して抽象的な説明をしても思うものは出て来ない。
 イメージを言葉で表す難しさを思い知らされた。
 それでもマリアは根気よく応じてくれ、一人で住むには大き過ぎるゴシック様式を意識したオリジナルデザインの城が小高い丘の上にほぼ完成、今は装飾を施している最中。
ここまでにはマリアの魔法をしても随分な日数が掛かった。

「マリア、結構手間だと思うが、どうして私の思い通りにしようとしてくれるんだ?」
「それは解答出来ない。」
「そうか、ずっと声だけだが姿は見せてくれないのか。」
「それは不可能だ。」
「ここには私だけなのか?」
「教えられない。」
「私は何も知る事が出来ないのか?」
「キングの質問の内、解答出来るものには解答している。」
「成程、とりあえず質問してみるしかないという事か。」
「そうだ。」
「じゃあ私はここでずっと一人なのか、マリアがいるから寂しくはないが。」
「時期が来たら変化する。」
「それまで待てと?」
「第一段階、住居の整備に手間取っている。」
「あっ、もうほとんど完成だ、新しい城には満足してるよ。」
「ならば第二段階への移行となる、自給自足に関して希望を。」
「私に自給自足をしろと、今までの様においしい食事が目の前に現れる事はなくなるのか?」
「勿論だ、自給自足とはそういうものだと認識している。」
「第二段階へ移行しなかったら、ずっと自給自足しなくても良いのか?」
「それは推奨できない、第二段階の次には、第三段階が存在する。」
「そうか、まあ、する事が無いよりは余程ましだろう、自給自足については考えさせてくれ、準備段階は手伝ってくれるのだろ。」
「当然だ。」

 頭の中に有る自給自足の知識を引っ張り出してみる。
 農作物の場合、種を蒔いてから実を結ぶまでに時間が掛かる。
 マリアがどこまで許してくれるか分からないが食料の備蓄が必要だ。
 それでは自給自足と認めて貰えないのだろうか。
 待てよ、農作業の手引書とかは出して貰えるのか?
 今までは…、しまった、紙とペンを要求していたらもっと早く城が完成したのではないか。
 まあ、次の段階が有る事を知らなかったから急いではいなかったのだが、単純な事に気付けなかった自分が嫌になる。
 さて、肉はどうする、牛を飼うなんて大変だし、一人で牛を一頭食うのか?
 繁殖をさせないと自給自足とは言えないだろう。
 冷凍庫は用意して貰うとして、その電力も自給か?
 漁業は?
 そもそも怪しげな海にマグロとか生息しているのだろうか?
 疑問は山積み、何にしてもマリアと相談するしかない。
 第三段階に興味が有り、急ぎたい欲求が自分の中に芽生えている。

「マリア、自給自足に向けてだが…。」

 結果、マリアさまはかなり甘くしてくれた。
 今は自給自足しようという気持ちが試されているのかもしれない。
 牛肉豚肉は断念、鶏を飼い漁に出て畑を耕すという生活がマリアに助けられながら始まった、だがマリアに頼り過ぎるのは良くないと何となく感じる。
 自分に出来る事と言えば、データベースを頼りに作業の知識を手に入れること。
 マリアが出してくれた端末はパソコンと何ら変わりない、それを使ってアクセスするデータベースの使い勝手は良い。
 自給自足に必要な情報にしかアクセス出来ないのが残念では有るが。
 初めて漁に出た時は、マリアのテクノロジーを直に見せつけられた。
 マリアが用意してくれた船は至ってシンプル、操縦も簡単、エンジン音は静かで燃料は海水だ。
 取り立てて点検整備の必要はない。
 マリアはかなり高い文明の持ち主、魔法使いレベルの彼女が、なぜ私をここに連れて来たのかは今もって謎のままだ。
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03 出会い [KING-01]

 私の自給自足生活は失敗する事も有ったが少しづつ形になって行った。
 始めは少し気負っていたが、漁と言っても一人で食べる量が獲れれば良く、農作物もまた似た様なものだと気付いた後は気が楽になった。
 それは、マリアが道具や調味料だけでなく、時々牛肉を出してくれることも有りと、かなり甘かったからでもある。
 自分で工夫したりマリアと相談したりしながらの自給自足生活は、自分にとって新鮮であり楽しい。

 鶏が新鮮な卵を私に提供しつつ数を増やし、チキンとなって食卓に彩りを添える頃…。

「キング、今日から第三段階に移行する。」
「お遊び程度の自給自足だが構わないのか?」
「問題ない、今日は別の試験体がここに来る。」
「おお、仲間と言う事か。」
「多分初めて出会う個体だろうから仲間かどうかは不明だ。」
「えっと、人間か?」
「そうだ、今日から日替わりでここに来る。」
「日替わり?」
「七つの個体だ。」
「その連中とは、何をしても良いのか?」
「問題ない、但し禁止事項は有る。」
「何だ?」
「殺すな。」
「はは、了解したよ、貴重な同胞だ、少々嫌な奴だったとしてもすぐに殺意を抱く事はないだろう。」
「そうなのか、本当ならば良いが。」
「あっ、相手に言葉は通じるのか?」
「同じ言語を使用する者だ。」
「それを聞いて安心した、言葉が通じないと誤解を招く恐れが有るからな。」
「しばらくしたら相手はここに現れる、しばし待て。」
「分かった。」

 他の試験体という事は、私と同じ様な体験をして来た者という事なのだろうか。
 今まで一人で暮らして来たが、声だけでもマリアがいたからか特に寂しさは感じて来なかった。
 だが、今、唐突に仲間が欲しいと感じ、そんな心境の変化を不思議に感じている自分がいた。

 城の庭で待つ事数分、目の前に突然現れたのは男性。
 見た目から判断するに私と同じぐらいの年齢なのだろうかと思いつつ、自分の年齢を知らない事に気付く。

「初めまして、ここではキングと名乗ってます。」
「よろしく、自分はセブンです。」
「やはり記憶は。」
「ええ、本名は思い出せません、ジーザスから、あなたは自分と同じ境遇だと教えられてここに…、転送と言えば良いのでしょうか。」
「そうか、私のはマリアだから管理者は一人ではないのだな。」
「それにしてもここは随分広いのですね。」
「ああ、マリアに頼んだら広くしてくれた。」
「自分も頼んだら少し広くして貰えたのですが、ここには遠く及びません。」
「最初に寿司とビールを出して貰えたので、その勢いで遠慮せずに頼んだ結果だ。」
「成程、自分は遠慮し過ぎたのかな。」
「ここを案内しましょうか?」
「是非お願いします。」

 案内しながら色々な話をした。
 セブンと名乗るのは試験体番号の末尾が7だったからという事、彼の部屋の様子、自分達の境遇についてなど。
 彼は城にも漁船にも驚いた様子。
 しばらく前に頼んだ部屋の模様替えすら断られたので、今から広く出来る可能性は低いだろうと落ち込んでいた。
 私は、今でも気軽に領土を拡大して貰っているので、明らかに彼と私とでは扱いが違う様だ。
 マリアとジーザス、管理者の違いによるのか、他に理由があるのか、勿論私には分からない。
 食事を共にし色々羨ましがられた所で時間切れ。
 彼は突然消えた。

 翌日登場したのは女性、若くて美人。
 ただ、美しい女性と対面して、自分の反応に違和感を覚える。
 具体的にどうとは言えないのだが、以前の自分はこんな時、違う何かを感じていた様な気が漠然とする。
 抜け落ちている記憶に関係する事なのだろうか。
 一瞬、そんなことが頭をよぎったが…。
 
「あら、なかなかの男前ね、麗子よ、よろしく。」
「こちらこそ、私はキングと名乗ってる、麗子というと試験体番号の末尾が0だったのか?」
「そうよ、あなたはどうしてキングにしたの?」
「どうせ知らない奴に呼ばれるのなら、呼ばれて気分の良い名称の方がましだと思ってね。」
「確かにそうね、私も女王様と呼ばせりゃ良かったかしら。」
「はは、そっち系の人?」
「全然平凡、と言っても何をしてたのかは覚えていないのだけど。」

 話を聞くと昨日のセブンとそんなに変わらない生活をして来た様だ。
 ただ、うちの食材を使い簡単に作ってくれた昼食には感動を覚えた。
 卵や鶏肉を使った料理は初めてだと言いながら、私の料理とは比べ物にならないぐらい美味しい。
 料理の知識、そういった記憶が残っているのだろう。
 彼女にはセブンの話もしたが。

「あなたは二人目なのに私はあなたが初めてで、明日以降の事は聞いてないの、キングは特別なのかしら。」
「さあな、でもまた会えると良いね。」
「ええ。」

 そして彼女も唐突に消えた。

 その後も日替わりで来客を迎え、結局男性三人と女性四人がこの島を訪れ、去って行った。
 七人とも暮らしぶりに大差はなかったみたいで一様に羨ましがられた、そして、誰もが私以外の人には会っていないという。
 マリアにどんな考えが有るのか不明だったが…。

「キング、殺したくなる相手はいたか?」
「いや、皆、そんな人ではない。」
「そうか、では共に暮らしたいと思うか。」
「ああ、マリアと二人も悪くないが、君は姿を見せてくれないからね。」
「ではその様にしよう。」

 翌日七人が唐突に現れた。
 彼らは互いに声を交わす、皆、私以外とは初対面だそうだ。
 広過ぎたダイニングルームが、八人でゆったりテーブルを囲むのに調度良かったのは偶然だと思う。
 だが今にして思えば、一人暮らしにしては随分贅沢なお願いをマリアにして来たものだ。
 お茶を用意し…、因みに一人暮らしなのに一ダース有る食器セットは私がデザインした物をマリアに作って貰った、城に相応しいアイテムとして。
お茶はTeaと呼べるレベルにするまで随分苦労したのだが、その苦労は彼らからの賛辞となって報われた。
お茶を飲みながら、マリアのメッセージを伝える。

「ここに住むのなら家を建てても良いし、この建物の部屋を増やしても良いそうだ、増やすまでもなく全員分の部屋は有るのだがね。」
「なあ、その部屋は城を建てる時点で必要なかったのだよな?」
「ああ、何となく城に拘っていたらマリアが快く作ってくれた、無駄な部屋と分かっていたのかどうかは謎だ。」
「そんなお願い、しようとも思わなかったわ。」
「この島に住みたいけど、住居に関してすぐに決めなくちゃいけないのかな。」
「いや、セブン、急ぐ必要はない、まだお互いの距離感も掴めて無いのだから。」
「私はキングの近くが良いかな、安心感有るし。」
「はは麗子、知り合って間がないのだから簡単に人物評価をするのは間違いの元だと思うぞ。」
「でも、キングだけがこの広さの空間を手に入れた、それだけでも私より能力がうんと上だと感じるわ。」
「焦って欲しくないのはこの男女の構成比だ、男女四名ずつという事に意味が有るのなら、余計な先入観を持っての共同生活スタートは好ましくないと思う。」
「でも、ここはキングの国な訳だし、リーダーはキングにお願いしたいと思う、どうかな、必要だろリーダーは。」
「ロックに賛成だ、何時どうなるか分からない俺達だが、キングならましな方向へ導いてくれそうな気がする。」

 三郎の意見に皆がうなずく、表情から見て取るに反対の者はいない様だ。

「正直に言うと、今まではマリアの存在も有り寂しさを感じてはいなかった。
 でもセブンと会う事が分かった頃から心境に変化が有る、人間は集団で暮らす生物なのではないだろうか。
 良かったらこの城に八人で暮らしたい。」

 反対する者はいなかった。
 各自の居住地に有った物は、それぞれの管理者が転送してくれ、引っ越しに時間は掛からなかった。
 彼らに割り振った部屋は、彼らが今まで生活していた部屋よりうんと広いそうで、引っ越しの荷物を置いても、まだまだ余裕が有る。
一人一部屋としたが、全員が一室で暮らしたとしても余裕が有るのは、城を立派にするという目的が有ったからに他ならない。

 リーダーとして、問題は四人の女性に有ると思う、四人とも外見は平均以上、しかも私に好意的、先々のトラブルに繋がる可能性が有ると思う。
具体的な女性の記憶は皆無だが、女性という存在については普通に覚えていた。
そして人間関係という事も。
 男性四名の中で今の自分は一歩抜きん出た状態に有る、生物の本能として優秀な子孫を残す事を考えたら現時点で私は一番の配偶者候補だろう。
 このグループをまとめて行くには、その辺りのバランスをどう取って行くか考える必要が有ると思う。
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04 共同生活 [KING-01]

 八人での共同生活は、この島での仕事を全員に教える事から始まった。
 七人の自給自足生活は野菜だけだったとの事で、まずは鶏の飼育について。
 と言っても、鶏は放し飼いで特別難しい事はなく、慣れないと大変なのは鶏肉にする作業。
 そちらは私が担当するつもりだ。

「キング、鶏は随分多いのね。」
「一花もそう思うか。」
「えっ?」
「さっき気付いたのだが、八人が卵や鶏肉を食べて行くには不足しない数だと思うんだ。」
「さりげなくこうなる事を見越して管理されてたとか?」
「どこまでが管理なのか分からない、鶏の数だって偶然かもしれない。
 うちはマリアさまだが、一花の所は何て名乗った?」
「バラモンよ、男らしくて良い声の持ち主。」
「管理者に共通するのは声が良いって事みたいね、うちの草薙も口調はともかく声は良かったわ。」
「八重は、声でこちらの心を落ち着かせていたと思うか?」
「あっ、そうかも、こんなとんでもない状況下、今日までパニックにならずに暮らしてこられたのは草薙の声のお陰かもしれないわね。」
「まだ感謝の対象なのか恨む対象なのか分からないぞ、なんせ俺達は試験体なのだからな。」
「だな、キング、畑の方は随分色んな種類の野菜を育てているんだね。
自分が育てていた野菜は、こちらに転送する必要は無いと言われたが納得したよ。」
「野菜も八人に増えたからと言って全く問題はなさそうだ、でも食べたい野菜の希望が有ったら言ってくれ。」
「それより早くボートに乗りたいな。」
「三之助、遊びじゃないんだぞ。」
「なあ、三之助のままで良いのか? 可愛い女の子に三之助とは呼びづらいから変えても良いんじゃないのか。」
「はは、そうね、呼び方聞かれた時はこんな日が来るとは思ってなかったから。」
「俺達には何て呼んで欲しい?」
「う~ん、分かんない、ずっと三之助と呼ばれてたから。」
「まあ本人がそれで良いのなら構わないじゃないか。」
「三之助だけじゃなく、変えたくなったら何時でも変えて良いとは思うが、安易に決めた自分のセブンでも愛着が有るというか。」
「そうなのか、私はキングでなくても王様、殿様、大将、など適当に呼んでくれて構わないのだが。」
「はは、偉そうなのばっかだ。」
「ははは。」

 その後、共同生活を始めるに当たっての役割分担を決める事に。
 それと共に、私はペアを形成しようと考えた。
 四人の女性に対して特別な感情はなかった、ただ、このグループを平和的に維持して行くには四つのカップルにすべきだと思ったのだ。

「私は麗子と組んで食事を担当しようと思うがどうだろう。」
「良いわよ料理は得意だから。」
「やっぱり男女のペアにするのか?」
「ああ、別に結婚する訳ではない、性格が合わなかったら別の人と組んだり単独でも良い、でも今はお互いの事を知らなさ過ぎる。」
「自分の事さえ知らないわよ。」
「じゃあ俺達は適当に組むか?」
「役割は分担するが、手の空いてる時は協力し合おうな。」
「そうね。」

 話し合いの結果、漁は三郎と三之助、鶏の世話はセブンと一花、畑はロックと八重になった。
 その後しばらくは何の争いもなく、だが若い男女が共同生活している割には恋愛系の雰囲気もなく、リーダーとしては楽なのだが何か違和感を感じる。
麗子と初めて会った時に感じた違和感もそのままだ。
 だが、共同生活が二か月ほど経過した頃から変化が有り…。

「麗子、最近不安そうな顔をするけど大丈夫か?」
「キング、今頃になって自分の置かれている状況を考えてしまって、記憶は抜け落ちたままでしょ。」
「君だけじゃない、皆、時折不安そうな顔をする、管理者の影響が弱まっているのではないだろうか。」
「キングは今もマリアと会話してるの?」
「回数は随分減ったがね。」
「他の七人はここでの生活を始めてから一切コンタクトが取れなくなったのよね、どう、回数が減って何か変わった?」
「ああ、忘れていた何か、でも自分の記憶というより人間の本質的部分に変化をもたらしている気がする。」
「何となく分かるわ、ねえキング、ぎゅってしてくれないかしら。」

 彼女は柔らかだった。

 麗子はとてつもなく魅力的だと最近になって気付いた。
 どうして、こんなにも素敵な女性だと言う事を初めから認識出来なかったのだろうと思うが、それこそが、麗子と初めて会った時から感じていた違和感だったのだ。
 マリア達管理者の影響が弱まり本能が静かによみがえって来た私達には、不安な気持ちを共有する者が必要だったのかもしれない。
 結局、役割分担とともに作られた四組のペアは正解、偶然だったのか必然だったのは分からないが。
 自然な形でカップルが成立した事により、食事時の話題にも変化が…。

「やはり、我々の役目は子孫を残す事じゃないのかな。」
「そうだなロック、管理者の考えは分からないが、人としての本能に従うのならそういう事になる。」
「でも、産婦人科もないし。」
「いや、ここへ来てから誰か体調を崩したこと有るか。」
「至って健康ね。」
「健康も管理されているのかな。」
「なあ、出産や子育てのマニュアルもデータベースに入れて貰えるかもしれない、我々の手でも自然分娩なら可能じゃないのか。」
「確かに大変な事とはいえ動物にとっての出産は自分で出来る筈の事よね。」
「う~ん、もしそうなったら…。」
「服はここへ来る時に持って来た物だけ、子どもの服とかは…、ねえキング、最近マリアに出して貰ったのは何?」
「ここの所はない、一括で出して貰った蓄えで問題なく済んでいるからな。」
「子どもの服をお願いしたら出してくれるのかしら?」
「今度、相談してみるよ、ただ、マリアはここになるべく干渉したくないと話していた。」
「自給自足が理想なんだろうな。」
「服を手に入れようと思ったら糸から生産しなくちゃいけないって事ね。」
「食料は問題ないか、なあキング、消費する以上に生産されているけど残ったのは捨てているのか?」
「いや、マリアがどこかへ、多分転送している。」
「何処かの誰かの食料になっているのかな。」
「なあ、もしもだけどさ。」
「三郎、どうした。」
「子どもが出来てその子達がまた子を産んでとなったら、今は充分過ぎるこの島も手狭になるのじゃないか。」
「その時にマリアが土地を広げてくれるのかどうかという事か、随分先の話だな。」
「でも子や孫の心配をするのは私達の役目よね。」
「色々マリアに相談する事が出来てしまったな。」

 残念ながらマリアはほとんど答えてくれなかった。
 代わりに、次の段階に進む準備を始めると告げられ、幾つかの指示を受けた。
 それを皆に伝えるのが私の役目だ。

「マリアは次の段階へ進むに当たって生産量を上げる様に指示して来た。」
「必要以上にという事は、私達以外の人と交易とかするのかしら。」
「可能であれば、牛や豚の飼育、綿花などの生産、今有る森以上に植林する事を打診された。
 これだけの提案をされたのは初めてだ。」
「マリアの態度にも変化有り、いよいよ本格的に自給自足を目指せという事なのね。」
「植林と言っても大した本数は植えられないよな。」
「きちんと管理する気持ちが有るのなら、この国は平和的に領土を広げる事になる。」
「でも、この人数でどれだけの事が出来るのかしら。」
「データベースにアクセスして調べるしかないと思うが、まず一人がどの程度働くのかという前提が必要だと思う。」
「そうか、それを元に…、だが、もし出産となったら人手は減るよな。」
「その時は生産量を減らせば良いんじゃないのかな、充分な生産量の有る状況で生産量を上げて行くのだから。」
「そうか、生産調整も考えて置くか。」

 調べ始めて大きな盲点に気付いた。
 牛の飼育だ、飼った事はないから大変だろうと決めつけていた、否、多分大変なんだろうと思う。
しかし広大な放牧地をマリアに出して貰えばどうだ、ここは気候が良い、放牧を基本とすれば大した手間はかからない。
 乳搾りは慣れないと大変だろう、ましてや食肉にする作業は…。
 だが、それは時間を掛けて習得して行けば良い。
 そして…。

 広大な放牧地が牧草で覆われる頃、マリアは数頭の牛を何処からか転送してくれた。
 新たな挑戦に八人は力を合わせる。
 初めての道具を使っての初めての作業、戸惑いも失敗も有ったがマリアが用意してくれた素敵な道具に助けられ私達は仕事を楽しんだ。
 仲間と共に汗する喜び。
 いつしか皆の表情も明るくなり充実した日々を送る。

 生産量が増え、子牛の誕生に感動といった頃、マリアから久しぶりの呼びかけが有った。
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05 隣人 [KING-01]

「マリアから指示が有った、他のコロニーとここを繋ぐゲートを一つ設けるので、その場所を決める様にと。」
「他のコロニーか、私達がこの島へ来た時は転送だったから、基本的に条件が違うみたいだな。」
「キング、そのコロニーに関しての情報は?」
「我々と同じ言語を用いる八名が生活しているそうだ。」
「仲間が増えるのね、ここのメンバーだけで不満はないけど将来を考えたら良い事だと思うわ、ゲートという事は人が行き来出来るということなのよね。」
「そう考えると位置って微妙だな、友好的な人達なら城の近くが便利だと思うが…、最初は友好的でも後で変わる可能性は否定出来ないだろ。」
「島は広いから遠くにしても良いけど、問題が無かったら後々面倒なだけよ。」
「キング、ゲートって俺達の知る科学の範疇を超えたものなんだろ、それは鍵を掛けられたりするものなのか?」
「決められた時間だけ通れるそうだ、また状況によって色々な制約を設けるとも言われた。」
「キングはゲートの位置、どう考えてるの?」
「城の近くで構わないと思う、我々にとって害をなす人にしない様、注意を払いたい。」
「こちらの対応に応じて相手の態度も変わるだろうな。」
「ここと同じ様なコロニーなら問題はないとは思うけど…、キングと私達とでは随分違った。
 キングが快く受け入れてくれた様に、私達も新たな隣人を大きな心で受け入れる必要が有りそうな気がするわ。」
「では、城の近くにしよう。」

 マリアに希望の場所を告げる、ちなみに彼女は他の仲間がいる場での対話に応じることは無い。
 翌朝、指定した場所にゲートが出現していた。
 それは奇妙な代物だ。
 車が通れる程の引き戸が一つ。
 横から見ると十センチ程の厚みしかなく、裏はただの壁。
 マリアから告げられていた時間に、その戸が開き八人の男女が現れた。
 見た目は私達より少し年上だと感じられる。
 互いに自己紹介をしてから、島を案内。

「すごい、いったいここはうちの何倍有るんだ、海が見えるけど泳げるのか?」
「ああ、魚も獲れる。」
「森が有って牧場が有ってここは楽園なのか?
 うちの自給自足は野菜ばかり、しかも最近管理者が出してくれる物は量も質も悪くなっているんだ。」

 その後、全員でゲートをくぐり彼らの住居スペースへ。
 体育館程のスペースがすぐに現れ、そこに八軒の家と畑。
 話を聞くと我々と同じ様な道筋をたどった様だ。
 ただ、私と同じ立場になった人物が至って控え目な性格だったのか、余程管理者に気に入られなかったのか、私達の城よりもかなり狭い空間内でグレーの壁に囲まれて生活。
生産量を上げろと言われた理由が分かった気がする。

「うちの管理者からは午前六時から午後六時まで、そちらのコロニーへ行く事を許されている、門限を破った場合は罰が与えられると言われているが、昼の間そちらで働かさせて貰えないだろうか。」
「私は問題はないと思う、皆はどうだ?」
「労働力が増えた方が良いでしょ、キング。」
「報酬は食料で良ろしいですか?」
「ええ、お願いします。」
「罰ってどんな事なんです、俺達はここへ来てから経験していないし聞いたこともないので。」
「今までは、食事が質素になったり欲しい物を貰えなくなったり、門限を破ったら今度はどうなるかなんて考えたくないです。」
「何に対する罰だったの?」
「一つは自給自足への取り組みが甘かった事、もう一つは喧嘩した事。」
「成程、私達はキングのお陰で、そのどちらもクリア出来てた訳か。」
「キングということは絶対王政ですか?」
「まさか、キングは尊敬出来るリーダーよ。」

 こうして我が国の昼間人口は倍に。
 まず彼等に仕事を紹介、それから作業を割り振った。
 隣人達が作業に加わった事で、一日に出来る作業量は増えるには増えた、だが思っていた程ではなく…。
 彼らの作業時間は一日実質三時間ぐらい、しかもだらだらとで我々の一時間分にも満たない作業量、それが食材の代価として適度だと勝手に判断した様だ。

「彼らの事、どう思う?」
「仕事は好きじゃないみたいだね。」
「俺たちに指示されるが面白くないのかもな。」
「自分から動けば指示の回数は減るのにね。」
「あれでは、管理者が罰を与えたくなったのも納得出来るわ。」
「まあ、まだ慣れてないから、しばらくは様子見だな。」
「そうね、でも一組もカップルが成立していないなんて、余程仲が悪いのかしら。」
「いや、すれ違ってるのじゃないか、まあ俺達はキングが真っ先に麗子を指名してくれたお陰で抵抗なく相手を選べたけどな。」
「私達で刺激して上げるのはどう?」
「でも、男性では一条、女性ではナナちゃんに人気が集中してるみたいだったよね。」
「九兵衛と武蔵は仲悪そうだから、離れた所で働いて貰った方が良いかも。」
「そうだな、九兵衛は漁を、武蔵には畑と変更をお願いしてみるか。」
「人の割り振りは、そのままロックに任せたいが、どうだろう。」
「賛成だ、でも、キングはもっとはっきり命令してくれて構わないと思うよ。」
「いや、キングと名乗りリーダー役をやらせて貰ってるが、極力皆と同じ立場でいたいのだ。」
「その姿勢があちらのリーダーとは大きく違うという事なのかもね。
彼らの間では、何となくリーダーが偉そうにしていて、九兵衛と武蔵はそれが面白くないみたいな雰囲気が有るでしょ。」
「その二人が喧嘩して罰を受けたそうだが、今でも微妙、大丈夫かな。」
「彼らがした事で我々が罰を受ける事はないとマリアは話してた、コロニー毎の連帯責任という事の様だ。」
「それでも、彼らが罰を受けないで済む様に気を付けなければね。」
「ああ、ただ、九兵衛と武蔵は我々に対しても…、自分達のコロニーとこことの差が気に食わない様でね。」
「そうなんだよな、うちの美女達の前では大人しいのだが…。」
「難しいかも知れないが、良い人間関係を構築して行く事を今後の目標としよう。」
「そうだな、気を付けるよ。」
「よろしく頼む、我々の事情も変わって行くからね。」
「キング、何か有るのか?」
「ああ…、八重には一花の面倒を見て欲しいのだが…。」
「えっ、一花、どうかしたのか、最近体調が微妙だと話していたが。」
「セブン、私、赤ちゃんが出来たみたいなの。」
「え~! 本当か!」
「作業の合間にデータベースで確認して貰ってね、キングはまだ絶対じゃないと言うけど、私は確信しているわ。」
「やったな一花! 八重、頼むぞ。」
「勿論よ、任せておいて、まず、マリアさまが入れてくれた出産に関係するデータをもう一度確認しておくわ。」
「何か俺達、幸せだよな、記憶は曖昧なままだけど、汗して働いて愛する人に子どもが出来て。」
「それを隣人にも分けて上げないとな。」
「そうよね。」

 記憶に問題は残っているが、気付けば充実した毎日を過ごしていた。
 隣人達の生活を垣間見て更に自分達の充実ぶりを実感、私達はここでの生活に満足しているのだ。
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06 三丁目 [KING-01]

 ゲートを使って毎日通って来る隣人達は、ここでの仕事に少しづつ慣れて来たとは思うが、作業量は少ないまま。
 それでも、表情は少し明るくなっている。
 まあ、門限となり帰宅する時は寂しそうでは有るし、九兵衛と武蔵の態度は相変わらずなのだが。
 私達が城に住み作業の指示を出している関係上彼等とは差が有る、二人以外はそれを一応受け入れたが、九兵衛達は未だに納得出来ない様だ。
 それでも、島の居心地の良さや管理者からの罰を考えてか、彼らは不満を口にしてもトラブルは起こさなかった。
 そんな隣人達の中に二組目のカップルが成立した頃、マリアから第二のゲートを開く話が出た。

「また八人増えるという事かな。」
「食料に問題はないわね。」
「なあ、それぞれのコロニーに名前がないと不便じゃないか?」
「そうだな、ゲートがこの先、どれだけ増えるのか分からないけど。」
「う~ん、難しい…、何も思い浮かばないわ。」
「ここを一丁目、隣を二丁目ってどうかしら?」
「次は三丁目ということか、悪くないね、三丁目の人達がフレンドリーだと良いな。」
「ああ、仲間が増えるのは心強い。」
「楽しみだわ。」

 一丁目二丁目という呼称は十六人で相談の結果、採用された。
 だが三丁目となる隣人達は我々の期待をみごとに裏切ってくれた。
 初日こそ大人しくしていたが、二日目は何かにイラついてるのか、八つ当たりという感じの無意味な破壊活動をしてくれたのだ。
 好き放題してくれたが、罰を恐れてか夕方六時までには大人しく自分達のねぐらへ帰って行った。

「とんでもないお子様集団でしたね。」
「記憶だけでなく、精神にも変調をきたしているのかな。」
「キング、どうします?」
「マリアと相談してみるが、極力受け入れて行きたいと思っている。」
「策は有るの?」
「そうだな、マリアに一日二名という人数制限をお願いしてみよう。」
「うん、それを認めて貰えれば何とかなるかもしれない、こっちには十六人居るからね。」
「でも三丁目でこれだと、四丁目五丁目となったら…。」
「今まで順調だったけど、これからは試練が待ち受けているという事かしら。」
「それでも俺達は力を合わせて、だよな、キング。」
「ああ、こんな事も乗り越えられない様だと子どもが増えた時に対応出来ない気がする。」

 マリアは人数制限を認めてくれた。
 彼女が私達に甘いのは他のコロニーのレベルが低過ぎるからかも知れない。
 同じ条件でスタートしたと聞いているが随分大きな差が生じている。

 翌朝。

「二人に絞られたのはお前らの陰謀か?」
「ああ、そうだ。」
「てめえら何様なんだ?」
「何様なんだろうね、スタートは君達と同じ条件だったそうだが。」
「絶対嘘だろ、こんなに広い空間なんてインチキだ。」
「これはキングが管理者にお願いした結果だが、君達はどうなんだ。」
「初めは壁紙のデザインを変えてくれたりして良かった、でも自給自足をしろとか訳分からない事を言われて、そんなこと出来る訳ないだろ。」
「とりあえず諦めたのか。」
「いや、次の段階が有るってぬかしやがるから、ちょっとやってみた。」
「頑張ったな。」
「はは、その結果がいけすかない連中との共同生活、初めは良かったが、すぐに殴り合いになって。」
「殺すなとは言われなかったのか?」
「まあ、殺さない様には気をつけたさ。」
「で、これからどうしたい?」
「分かんないんだよ、イライラするだけで。」
「君らの所の八人は皆同じ感覚なのか?」
「多分な。」
「女の子達もか?」
「ああ、こいつ以外は敵かもしれないと思っている。」
「そうか、二人は仲良いんだね。」
「良く分からない…。」
「ところで、ここへ来る二人はどうやって決めたんだ?」
「何だよ、色々詮索しやがって、俺に答える義務はないよな。」
「それが有るんだ、君らが昨日破壊してくれた中には、これから誕生する子の為にと我々が準備していた物も含まれる、ちなみに俺の子だ。」
「えっ…。」
「もう少し話してやろう、お前らがここに来られているのは、うちのキングの優しさによる所だ。
 ゲートを開けないで欲しいと頼む事も出来るからな。
 どうだ、お前らなんざ、こっちにとって迷惑な存在でしかないと思わないか。」
「そ、それは…。」
「まあ、今日一日考えるんだな、但し暴れるなよ、昨日と違ってこっちも色々準備して有る、もちろんとっととお家へ帰ってもいいぞ。」

 セブンは、はったりも交えて彼らに私達の想いをうまく伝えてくれた。
 三丁目の二人が帰った後、食事の席でロックが話し始めた。

「なあ、俺達の役割ってさ。」
「役割?」
「ああ、俺達が管理者の手のひらの上で跳ね回っているだけのちっぽけな存在だって事は理解している。
 でも二丁目三丁目の連中と出会って、どうして俺達がキングの元に集められたのか分かった気がするんだ。
 もちろん俺の記憶は怪しいから自分の能力を過大評価したくはないと思う、だが俺達はキングを中心に国を形作って行く核となる役目を担っている気がするんだ。
 今日三丁目の奴にセブンが話しているのを見ていて思ったのは、これからもっとどうしようもない連中と対峙する事になるかもしれない、でも、俺達なら良い国が作れそうな気がするし、それが俺達の役目であり管理者の望む所ではないかと、そして俺はそれを受け入れたいと思っている、キングはどう思う?」
「ロック有難う、私も自分達の役割について考えて来た、管理者の思惑からそれる事も選択肢の中には有るとは思う、だがその結果が私達にとって良い事になるとは思えない。
 私達は戸惑いながらも、ここに生活の基盤を築き上げ平和に暮らせる環境を、管理者次第とは言え手に入れている、これを放棄する理由は思い浮かばないが積極的に発展させる理由は有る。
 私達の子どもだ、麗子も身籠った。」
「お、おお~。」
「おめでとう。」
「願わくば…、セブンと一花の子も私達の子も等しく、この八人の子として祝福される事を望むのだが。」
「はは、俺達は運命共同体だからな、子ども達を全員で守るのは当たり前だろ。」
「となると、三丁目の隣人達が当面の問題ね。」
「でも、マリアさまがゲートの制約を認めてくれたのは大きいと思うわ。」
「確かにそうだ、明日はどうする?」
「私達の想いを伝えて行くしかないんじゃない。」
「キング、何か案は有る?」
「いや、三丁目はロックとセブンで何とかして貰えないだろうか、私は武蔵に違う所で働いて貰う為の準備をしようと思う。」
「それはストレスが減って助かるよ、悪い人じゃあないのだろうけど、ちょっとね。」
「三丁目の住人に働く気が有りそうなら、ロック達の下で働いて貰えば良いと思うがどうだ。」
「了解した、作業しながら教育を試みる、で、武蔵の方は?」
「ひとまず和代と森の管理を任せてみようと思っている。」
「そうか、森もそろそろ手入れが必要になって来たんだね、うん、和代となら合うかもな。」
「そこでカップルが成立すると残った二人も自然にくっつくのかな?」
「三丁目の住人とカップルになる可能性はどうだろう?」
「う~ん、そもそもタイプが違うし制約も有るからな、少なくとも管理者は考えてない気がする。」
「私もそう思うわ、残る二人も相性はそんなに悪くないでしょ。」
「我々の子ども達に良き友人が出来ると良いのだけどね。」
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07 音楽村 [KING-01]

 三丁目の連中は、始めこそ厄介者だったが馴染むのは早かった。
 一日二名という制約は一週間もしない内に必要無くなり、今は八名全員が楽しそうに働いている。
 彼等には自力で自給自足をするだけの能力が無く、管理者の意にそぐわなかったのだろうが、決して役立たずではなく、ロックやセブンが仕事をきちんと説明し指示を出しさえすれば、二丁目住人の何倍も働いてくれる。
 運動能力が高く肉体労働を厭わない。
 麗子の料理に感謝し不平不満を口にする者はいない。
 明るく開放的な環境が彼等を変えたのかもしれないが、元々的確な指示を出し導いてくれる存在を必要としていたのだと思う。
 私達への態度が尊敬を伴うものになるまでに時間は掛からなかった。

 彼らのお蔭で目に見えて生産性が向上したと感じ始めた頃、マリアから三つ目のゲートを開くと宣告された。
 三丁目メンバーは転校生を迎える気分だと笑うが、二十四名が緊張の面持ちで待ってる所へ開いたゲートからは、やはり八名の男女が現れた。
 ただ、彼等は今までの隣人と違い、その手に楽器を持っての登場。
 にっこり微笑むと演奏を始める。

「あっ…。」

 曲を聴きながら二十四人の観客達は瞳を濡らし始める。
 忘れていた感覚。
 ここでは鼻歌すらなかった事に気付く。
 音楽というものの存在が記憶の中に埋もれていた。
 曲が終わるとバイオリニストが話し始める。

「はじめまして、音楽村から来ました、よろしくお願いします。」
「美しい演奏、有難う御座います、ここのリーダー、キングです。」
「八代です宜しくお願いします。」
「こちらこそ、普段も楽器演奏をされているのですか?」
「はい。」
「自給自足は?」
「私達は、この島の食料を分けて頂いていると聞かされています。
 たまにこの島の映像を見せて貰っていましたので、お邪魔させて頂く事が出来、とても嬉しいです。」
「私達とはかなり条件が違うみたいね。」
「音楽をお届けする事が私達の役目だと聞かされていまして、立派なお城、さしずめ宮廷音楽家といった所でしょうか。」

 話を聞いてみると二丁目三丁目とは随分違う生活をして来たそうだ、自給自足より美しい演奏。
 すでに四組のカップルが出来上がり、穏やかな笑みを浮かべている所を見ると、私達と同様幸せに生きていると感じられる。
 ゲートの条件も他とは違う。
 扱いの差が他のコロニーとのトラブルに繋がる可能性は否定出来ないが、彼等とならうまくやって行けそうだ。

 それから一週間、厚遇されていた音楽村の住人に対して反発が出ないか心配していたが、トラブルが起きなかっただけでなく二三丁目の住人達の表情が柔らかくなった気がする。
 音楽の効果なのだろうか。
 音楽村の人達は、演奏だけでなく簡単な作業を手伝ってくれているが、歌を教えてくれるメンバーも。
 曲はオリジナルなのか記憶の底に残っていたものなのかは微妙とのこと。

「キング、良くこんなホールまで作って貰いましたね。」
「はは、一人だけの王国には必要なかったのだが、立派な城を建てる事が目的だったのでね。
 ただ音響とかは考えてないから、八代の様なプロには不満かもしれない。」
「そんな事ないですよ、演奏しやすいホールです。」
「マリアの配慮なのか、それともこうなる予定が有ったのか…。
 管理者からは曲について注文とか有りましたか?」
「いいえ、曲に関しては何も。
 こちらが楽器を要求したら出してくれましたが、始めは思う様に弾けなくて。
 苦労しましたが何とか演奏が様になって来た所で八人が音楽村に集められたと言う感じです。
 嬉しかったですね、演奏を聞いてくれたり一緒に演奏出来る仲間が出来たのですから。」
「成程、一丁目のメンバーと音楽村のメンバーは早い段階からここでの生活に満足してる、だから他のコロニーとは違いゲートフリーなのかもしれません。」
「我々は演奏を聴いてくれる人がいた方が嬉しいので、ここに来られる日を心待ちにしていました。」
「二丁目や三丁目の事は御存じだったのですか?」
「彼等がここへ来てからです、三丁目の人達が登場した時はハラハラドキドキしながら映像を見ていましたよ。」
「はは、隠しカメラは未だに見つかっていませんが、我々の夜の娯楽もご覧に?」
「えっ、夜の風景は見せて貰ってませんが、どんな娯楽が有るのです?」
「海水浴ですよ、水着は有りませんが。」
「わっ、皆さん御一緒にですか?」
「カップルだけの時も有れば全員でという事も。」
「皆さんの仲が良い訳が分かった気がします。」
「運命共同体ですからね。」
「はい、我々もその運命共同体の仲間に加えて頂けませんか。」
「勿論です、正直言って他の隣人達はまだ微妙なのですが、音楽村の皆さんには私どもの感性と近い物を感じています。」
「よろしくお願いします。」

 音楽村が仲間に加わった事で私達の生活は豊かになった。
 マリアにグランドピアノをおねだりしたら、あっさり聞き入れてくれ、城のホールに転送。
 城の住人たちは、交代で鍵盤に触れてみる。
 皆、初めの内はぎこちなかったが、音楽村のメンバーからアドバイスを貰う内、レベルの差は有るものの全員が弾ける様に、特に八重と一花の演奏は良くて、音楽村の連中と合奏することも。
 おそらく、忘れてしまった過去に、弾いた経験が有ったのだと思う。
 八重が何となく弾いてくれる曲の中には、何故か懐かしさを感じるものも有る。
 本人は指が勝手に動くと言うが、皆の目に涙が浮かぶのは、かすかな記憶に何かが残されているからだろう。
 
 二丁目三丁目の連中も音楽に癒されているのか、武蔵達ですら特別な音楽村のメンバーを妬んだりする事はない。
 音楽村は四丁目とはせず、そのまま音楽村として定着させた。
 その出会いからしばらくして四つ目のゲートが開き、更に八人の隣人が増え、彼らは五丁目の住人となる。
 コロニー毎に個性が有る様で、彼らは大人しくて真面目、特に問題もなく三丁目同様馴染むのも早かった。
 そして、身重になった一花の手助けも積極的にしてくれている。
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08 誕生 [KING-01]

 一花の出産準備は皆が協力してくれた。
 マリアが用意してくれたデータベースの資料を熟読し役割分担を決め、一花が少しでも安心して出産出来る様にと。
 出産を経験した記憶や出産に立ち会った記憶を持つ者はいない。
 誰しもが初めての経験なだけに皆真剣。
 一花の後に麗子や八重、三之助と出産が続く予定が有り、その次に自分の出産をイメージしている女性達は尚更だ。
 それでも、私達が初めて迎える新しい命のことは、私が言うまでもなく、このコミュニティー全員の子なのだと誰しもが思っている様で、僅かに蘇る記憶を出し合い、産着や揺りかご作りに励む皆の表情は一様に明るく、その作業は楽しいものとなっていた。

 そして…。
 優しい仲間に見守られ一花は出産した、元気な男の子だ。

 全員が新しい命を喜んだ。
 記憶に穴の有る状態で、それぞれ不安が残る中、明日への希望だと語る者も。
 その日から、赤ん坊を見に来る事を日課にした者は多い。
 赤ん坊には私達を勇気づける特別な力が備わっているとすら思う。

 一日の作業を終えた後は…。

「ほんとに可愛いな、俺達の希望の星だ。」
「あ~ん、私にも抱っこさせて。」
「私の子はこの子の弟か妹になるのね。」
「どうだ麗子、体の調子は。」
「問題無いわ、一花のお蔭で私達は少し安心出来たしね。
一花から色々教えて貰えてさ、データベースの資料は確かに参考になるけど、実体験に勝るものは無いでしょ。」
「一花はホントに安産で良かったよ、俺達の落ち着かない時間が短く済んで助かった。
 麗子も安産なら良いのだが、不安はないのか?」
「ここに来てから病気らしい病気は全くしていないでしょ…、根拠は無いのだけど大丈夫な気がするの。」
「はは、女の感って奴か?」
「まあ、そんな所ね。」
「う~ん、我々の管理者は明らかに脳に対して何かをした訳だが、肉体に対しても何かしらの処置を施していると思わないか。」
「ああ、してるだろうな、九兵衛と武蔵の老け方は異常だろ。」
「朧げな記憶から思うに、病人はそれなりに出てもおかしくないのだが…、彼らは病気ではなく老化であり、怪我人は出たが自然に治る程度の軽傷のみだった…。
実はその治り方に違和感を感じているのだが、抜け落ちた記憶と関係するのか良く分からないんだ。」
「言われてみると確かに引っ掛かるわ、でも私達はこの子が健やかに成長してくれる事を願うのみよね。」
「だな、それでセブン、名前はどうするんだ?」
「なあ三郎、苗字の概念は記憶に残っているか?」
「ああ、ここでは必要なかったので気にしていなかったが。」
「俺達は本名という奴を苗字付きで考え始めてるんだ、セブンはニックネームという事にしてね。
 この子の名前と一緒に俺の名も、一花という名前は気に入ってるからそのままだけど。」
「あ、良いわね、ねえキング、私達もどうかしら。」
「苗字か、そうだな…、どうせなら私達四組が何かしら関連する、例えば東西南北を苗字に入れてとかどうだろう。」
「うん、面白いね。」
「そうね、でも簡単には思い浮かばないわ。」
「どうだろう、これを機に戸籍も作らないか。」
「良いけど私達は年齢不詳だし、今が何年なのかも分からないのよね。」
「太陽も月も、記憶の片隅に残る物とは随分違うしな。」
「となると、どこかを基準にして自分達の暦を作る事になるが。」
「私達がこの島に八人揃って暮らし始めてから、今日で五百二十三日目だけど。」
「三之助は記録してたのか?」
「ええ、日記を付けてるから、その流れでね。」
「へ~、じゃあこの島に八人が揃った日を基準にするとして、週や月は? 
 一週間は七日か?」
「一週間は七日、一月は四週間、一年は十二か月でどうだ。」
「そうすると一年は三百三十六日になるけど。」
「俺達の寿命は分からないが、形の上では記憶に残る暦より少し長生き出来るという事だな。」
「はは、まあ分かり易くて良いんじゃないか、将来子ども達から、どうして二月だけ短いのと聞かれたら返答に困るだろ。」
「じゃあ、日記を元にそこから計算して、今までの事、何時ゲートが開いたとか表にしてみるわね。
 カレンダーを作れば、作業予定表をもう少し分かり易く出来ると思うわ。」
「あっ、どうして今まで気付かなかったのかしら、カレンダーという言葉を聞いて何の違和感もないのに今まで意識してなかった、これまでだって有れば便利だった筈なのに思いもしなかったわ。」
「そうよね、私達の記憶って不思議だわ、何かのきっかけで蘇る、私もずっと、ここへ来てから何日目だって記録してたのに暦の話題が出るまでカレンダーの事忘れてた、時計は普通に使ってたのにね。」
「俺達は少しづつ記憶の隙間から、なくした物を取り戻しているという事なのかな。」
「すべての記憶を取り戻すのは怖い気もするけど。」

 生活が安定している今、無くした記憶が改めて私たちにとって問題となっている。
 私達はいったいどこから来た何者なのだろうか。
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09 ルール [KING-01]

 五丁目のゲートが開いてから八丁目の隣人を迎えるまでは早かった。
 それは新たな隣人たちが、仕事に対して得手不得手は有るものの、皆、真面目で働き者だったからだ。
マリアは新たな隣人が有る程度慣れると、次の隣人とのゲートを開いて来たのだが、現時点で問題が有るのは二丁目の住人ぐらい、当初問題の有った三丁目の住人達は、私達のサポート役として後から合流した仲間の面倒を積極的に見てくれている。
 城での夕食時…。

「三丁目の住人が、ここまで頼れる存在になるとは思ってもみなかったな。」
「元々、トップではなくセカンドで活躍出来る資質が有ったのでしょうね。
 一人では自給自足に取り組めなく、有能なリーダーのいない状況では落ち着いて自身の力を発揮出来なかったのだと思うわ。」
「おかげで八丁目の隣人達が落ち着くのも早かったが、キング、次のゲートが開く話はまだないのか?」
「ああ、マリアは沈黙したままだ。」
「ならば余裕の有る内に、子ども達の為にもルールを明確にしておくというのはどうだ?」
「三郎、それは法律を作るということなの?」
「これから子どもは増えて行く、我々の記憶の中には社会のルールが存在しているが、子ども達には多くの事を教えて行かなくてはならない、その為にはここでのルールを見直し確認しておいた方が良いと思うんだ。」
「そうね、幸い管理者による罰が存在しているお陰で島は平和だけど、子ども達は何も知らない。
 二丁目の環境が著しく悪化したのは九兵衛と武蔵の対立による所、そんな事をどう子ども達に伝えて行くのかは難しいわ。」
「相手に怪我をさせる程の大喧嘩、罰はコロニーの連帯責任。
 俺達に直接的な影響はなかったけど、二丁目の人達はいい迷惑だっただろう。」
「この先、子ども達が悪い事をした時も同じ様に罰を受けるのかしら。」
「う~ん、罰に関係なく社会の構成員として好ましい人物に育って欲しくは有るな。」
「ルールとして、まずは殺すな、だね。」
「他人を傷つける行為はだめ…。」
「なあ、細かいルール設定より、皆が平和で心安らかに暮らして行ける為に取る行動を推奨し、反する行為を禁ずるというのはどうだ、行動規範というか、そこに照らし合わせて自分の行動を考えるという形だ。
 もちろん幼少期は判断を間違える事も有るだろうから、そこは我々が教えて行くことになるのだが。」
「成程、キングの考えは、基本的且つ包括的な法ということなのかな、そのルールなら子どもの主体性を育む事にも繋がるね。」
「大人はどうだろう、九兵衛達が大きな罰を受ける前に、こちらで何とか出来なかったのかな。」
「そこまでの管理は難しかったわ、試した所で彼らが私達に大きく反発し、その結果大きな罰を受けたと思うもの。」
「しばらくは九兵衛と武蔵の一件が戒めになるけど、時が立てば忘れてしまうのでしょうね。」
「マリアが設定した法には触れないが、我々が反社会的行為だと感じる行動に関して、最後の判断はキングにお願いするってどうかな。」
「はは、私が法律か? それこそ反感を持たれそうだが。」
「民主主義を口にする人は居るけど彼等は出稼ぎ労働者でしかない、それよりこれからここに住むであろう次世代の子ども達の事を考えたら、権威有る国家のシンボルが必要になると思うんだ。」
「そうね、二丁目にはキングに対してなめた発言をする人もいるけど、それが次世代へ伝わる事は秩序維持の為にも阻止すべきだと思うわ。」
「なあ、客観的に見て二丁目の連中は九兵衛と武蔵だけでなく、全員が大した労働力になってないよな、この島の恩恵を受けてることが理解出来ないのなら、自分達のコロニーで一日中生活していて欲しいぐらいだね、我々の楽園がより快適になるように。」

 それでも私達は二丁目住人に対して静観していた、まだ急ぐ必要は無いと思えたからだ。
 それから暫くして、各コロニーの管理者がキングに従えとの言葉を残し、各リーダー達の呼びかけに応じなくなった。
 管理者は大した事をしてくれてた訳でもなく、消えても影響は無かったのだが…。

「キングに従え、つまりはマリアがここの最高権力者という事か。」
「管理者は、大人一人に対して一人いたのだから、六十四人から一人に減った訳だな、彼らはマリアとのゲームに負けて去ったのかな。」
「可能性は有る、だが音楽村は?」
「ゲーム中の賞品だとか。」
「ゲームに決着が付いたのか、まだまだ続くのか、それを知りたいわね。」
「どうだかな…、武蔵は早速、自分達の管理者がいないのならと門限破りを試みて痛い目を見たそうだ。」
「ああ、瞬時にコロニーへ戻された後はゲートを通れなくなり、著しく老化が進んだと聞いている。」
「武蔵と九兵衛の二人は老けたよな、初めて会った頃は俺らより少し年上という感じだったのに、今じゃどう見てもお爺さんだ。」
「罰なのね、総じてキングに反抗的な二丁目の連中は老化が進んでいるわ。」
「だね、本人達は気付いているのかな。」
「出会った時に俺達を困らせてくれた三丁目の連中は、仕事に熱心でキングを敬う様になったからか、かえって若返った気がしないか。」
「という事を考えると、今からでも遅くないのよね。」
「悩ましい所では有るな、俺達が特権階級の如く振る舞ってでも反抗的な連中を抑え込んで行動を制限していたら彼らの老化は進まなかったかも知れないのだろ。」
「仕方ないさ、集団に於ける自己責任の範疇、記憶の狭間に残されている法と照らし合わせても違法行為とまでは行かなかった、ただ真面目に働いてる連中を不快な気分にさせているのは事実、その報いを受けているのさ。」
「マリアは楽園を暮らし易くしたいと考えている節が有り…、チャンスを与えながら最終的には排除の方向かもな。」
「この先は分からないね。」
「この先か…、何時かは分からないけど次のゲートが開く可能性は否定出来ない、というか否定したくないよな。」
「今後考えられる試練は?」
「ゲートからどんな人が…、否、人じゃなかったりして。」
「そのパターンは余り考えたくないわね、でも我等がマリアさまは今まで無理な要求をして来なかったでしょ。」
「それを信じるしかないね。」
「だな。」

 マリアと話す機会はめっきり減っている、その必要がなくなって来ているからだ。
 他の管理者が抜けた時もマリアは何のコンタクトもとって来なかった。
 ただ、老化の進んだ二丁目住人の姿によって、私達は管理されているという事実を実感していた。
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10 記憶 [KING-01]

 次のゲートを開ける話はなかなか来なかった。
 私でさえマリアの存在を忘れてしまう程、特別な事のなかったこの期間は、子育ての為にマリアが与えてくれたのかもしれない。
 各コロニーでも子どもが生まれ、私達は子どもの誕生や成長を楽しみながら過ごした。
 だが、生まれ出づる者有れば死に逝く者有り、九兵衛と武蔵が相次いで亡くなる。
 二人とも驚くほどのスピードで老化が進み、九兵衛の最後は面倒を見てくれていた者に何かしら不満が有ったのか、怒鳴りつけた途端苦しみだして息絶えたという。
 これで、大人は六十二名に減ったが、子どもはすでに三十名を超えている。

「子ども達を見てると何となくコロニー毎の特性が出ていると思うわ。」
「へ~、八重はどんな風に感じてるの?」
「城の子達は、言葉を覚えるのがとてつもなく早いでしょ。
 音楽村の子達は音に対しての反応が他の子達とは違っていて、三丁目の子達は運動能力が高いわ。」
「成程、他の子は?」
「五丁目の子達は積み木遊びが好き、六丁目は動物が好きみたいな。」
「あっ、それだと親達の能力を引き継いでいる感があるね。
 でも、まだ小さいから変に決めつけずに才能を伸ばしてやりたいよな。」
「厄介者二人の死と引き換えに環境が改善された二丁目の子はどうしてる?」
「あの親達だから預かる話はして有るけど、今の所、育児放棄までには至ってないわ。
 子ども達には、母親が必要だと自覚しているのでしょう。」
「どのコロニーでも八重に懐いてる子が多いみたいだね。」
「私に懐いているというよりも、年長の子達が下の子を気遣ってくれる環境を作れたと思うわ。」
「うちの三歳児が思いやりの心で下の面倒を見ているのは教育の賜物って事だな。
 八重、有難うな、みんな良い子に育ってる、ただ二丁目の子達はちょっと微妙なのだろ。」
「ええ、遺伝か環境か…、早目に手を打つ必要は有るかも。」
「教育か、どう取り組む?」
「親子まとめて教育しないとね…、子は兎も角、親は難しいかもだけど。」
「子どもの教育という観点から、私が担当しようか?」
「ロック、仕事が増えても大丈夫なのか?」
「ああ、畑の方は俺抜きでも回るからな。
 三丁目の連中がサブリーダーとして定着し、他の連中も自然とそれに従ってる。」
「その余力を子ども達の為に使うのであれば誰も文句は言わないし、そろそろ学校の設立とそのカリキュラムを考え始める時期だと思う。」
「ここの子達は全員俺達の子だ、親はともかく子ども達は幸せに暮らして欲しいよな。」
「それなら幼児期は私が担当という事で良いかしら、二丁目の母親はロックにお任せするとして。」
「問題ない、やはり八重の知識は幼児教育という感じなのか?」
「ええ、微妙に蘇って来る記憶は幼児教育が中心で、算数とかを教えた経験がないみたいなの。」
「算数か、なあキング、そういった情報はデータベースにないのか。」
「最近確認した所ではなかった、マリアはまだその必要がないと考えているのかもしれない。」
「算数だって教え方一つで楽しくもつまらなくもなる、算数は俺が担当するよ。」
「三郎は計算が得意だもんな。」
「得意分野か、他の国民にも相談してみるべきだな。」

 ロックが子ども達の学習プログラム作成に向けて国民の声を聞いた事から思わぬ話が出て来た。

「三丁目の連中からサッカーをしたいと言われたのは驚いたな。」
「ええ、スポーツの事なんて全く頭に無かったわ、言われて思い出しビックリするパターンね。」
「今までの娯楽といえば海水浴と釣り、後は音楽鑑賞と歌を歌う事ぐらいだったからな、ボールさえ有れば城の芝生広場でやれる、子ども達の遊びとしても良いと思うけど。」
「ボールが問題ね、ルールも王国特別ルールにすれば良い訳だから正式なボールでなくて良いのだけど…。」
「大人達と相談だな。」

 相談を持ちかけたところ、八丁目の住人が作れるかもしれないと名乗りを上げてくれた。

「なあ、俺達の知らない事を八丁目の住人二人が記憶していたという事は、他の知識も誰かの脳に有るという可能性を秘めているよな。」
「そうよね、元々六十四人はそれぞれ違った情報を持ってここに集められたのかも知れない、そう考えると二人の死は私達にとって損失だったのかも。」
「まあ、何を失ったのかすら分からないが、残ってる記憶、蘇った記憶を出し合う作業はすべきだと思うし、早急に進めたいところだな。」
「それによって分担の見直しが出来るかも知れないわね。」

 我々の意に反して、この作業は時間を要した、否、あまり成果が上がらなかったと言うのが本当の所だ。
 私達の記憶は何かしらのきっかけが有って蘇って来る。
 きっかけがないと自分が何を知っているのかさえ分からない、それがここの特性なのか人間本来のものなのか分からないが。
 それでも…。

「何かね、昨日音楽村メンバーの演奏を聴いてたら踊りたくなってさ。」
「踊り…、うん、そういうの有った…、でも良くは覚えていないな。」
「難しく考えなくて良い気がする、曲に合わせて体を動かす…。」

 食生活は安定している、だが私達はただ生きている存在では無い。
 音楽を愛し踊りを愛しスポーツを愛する心。
 僅かずつ蘇る記憶によって、少しづつ生活が豊かになっている。
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