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F組三国志 1 赤澤省吾 ブログトップ

F組三国志 1-1 [F組三国志 1 赤澤省吾]

「おいおい、岡崎、なんだその切り方は、高校生にもなって包丁一本まともに扱えない様じゃ人も殺せないぜ。」
「ば、馬鹿言うなよ、人殺しになる気なんてないよ、お前は殺人鬼にでもなるつもりか。」
「はは、まあ包丁貸してみな。」

もちろん、俺も人を殺める気は毛頭ない。
五月のさわやかな風が調理実習室のカーテンを静かにゆらして心地良い。
さらに、小さい頃から料理に慣れ親しんでいる身としては、つい、さわやかなジョークも口をついて出るというものだ。
サクサクっとキャベツを切ってみせる。

「赤澤、うまいな。」
「はは。」
「ほんと、上手ね。」

岡崎に続いてのほめ言葉は秋山美咲、笑顔がまばゆい。
やば、ちょっとドキドキしてきた。

「ちっちゃい頃からやってるからね。」
「そうなんだ。」
「親の方針でね、料理ができればとりあえず喰ってはいけるんだって。
まぁ、親父の趣味の一つだし、親子で調理するのは楽しかったけどな。」
「へ~、なんかうらやましいな。
うちの父さんなんて包丁すら握ったことの無いような人なのよ。」
「はは。
あっ、おいおい岡崎、違うよそんなことしたらオムレツになんなくなるだろ。
ほんとに、お前はどんくさいな。」
「ごめん俺不器用でさ…。」
「それ以前の問題だぞ。」
「そっちは私がやるわ。
岡崎くんはお皿の用意とかしてくれる?
麻里子、こっちお願いね。」
「オッケー。」

自然に指示を出す、秋山はそんなリーダータイプだ。
作業もけっこう手早くこなしている。
うっ、いつ見ても、かわいい~、というか知的美人に属するのだよ、この人は。

「ねえ、赤澤くん。」
「うん、な何?」
「岡崎くんって、ちょっといじめられていない?」
「えっ? お、俺はそんなつもりじゃ。」
「分かってるわよ、赤澤くんの場合は、ちょっとからかっているって感じだから、どんくさいって言われても岡崎くんそんなに嫌そうじゃなかったもの。
でもね、森くんとかがさ…。」
「う~ん、確かに、森たちはなぁ…。」
「何とかなんないかな?」
「さすが委員長だね。」
「委員長だからっていうよりもね…。」
「うん。」
「私もね小学生の頃にちょっとあってね…。
でも、中学、特に中三の時のクラスはみんな仲良くてね、すっごく楽しかった。
それが、この高校のこのクラス…、少し微妙だな~って感じてるのよ。」
「なる程、その感じは分かるよ。」
「何とかなんないかな。
せめて、岡崎くんだけでもいじめられないようさ。」
「う~ん、あいつ、ほんとにどんくさいからなぁ~。
よくここに受かったもんだぜ。」

めんどくさげに返事をしているものの…、なにせ秋山美咲からの頼みごとだ。
入学して一月半、彼女に会うために通学しているような自分にとって…。

キャベツを切り終えて、オムレツを焼き始める。
焼きながらクラスの状況その他を考察してみる。

「いただきま~す。」
みごとに焼きあがったオムレツに対する賛辞の言葉を一身にあびる頃には、ずいぶん考えがまとまっていた。

「ねえ、秋山さん、さっきの話だけどさ。」
「ええ。」
「ちょっと提案があるんだけど、ゆっくり話す時間とれないかな。」
「もち、いいわよ。
私、今日の予定は特にないから。」
「自宅で勉強、の他はって意味だよね。」
「ふふ、まあね。」
「じゃあさ、帰りにちょっとおごるよ。
バイト代が入ったところだからさ。」
「あ~、アルバイト禁止よ、うち。」
「はは、バイトって言っても、親の手伝いだからね。」
「お父さん?」
「うん、大学で教えているんだけどね、ちょくちょく雑用を手伝ってるんだ。」
「へ~。」
「手伝う中で色々な知識にも触れることができるから面白いんだぜ。
まぁ学校帰りにデナーとはいかないけど、どこか行きたいとこある?」
「ほんとにいいの?」
「ああ。」
「じゃあさ…、え~っと赤澤くんって家どこ?」
「千種区。」
「やった、ラッキー、じゃあ地下鉄よね?」
「うん。」
「駅の近くにおしゃれなカフェがあってね、そこのパフェがね…。」
「了解、了解。」
「でも、何か悪いかな、私からお願いしといて…。」
「ノープロブレム。」

問題があるわけがない。
こんなに簡単にデートの約束ができるなんて思ってもいなかった。
しかも、それが今日なんて、ラッキーなのはこちらの方でございます。
おっと舞い上がりすぎて失敗してはいけないな。

午後の授業を軽く流しながら、もう一度作戦を検討してみる。
まぁ、授業の内容なんざ、特に教師の口から聞かなくても理解できることだから、ノープロブレム!
いかん、舞い上がってる。
落ち着け、省吾!

F組三国志 1-2 [F組三国志 1 赤澤省吾]

キンコンカンコ~ン♪  キンコンカンコ~ン♪

うー、だめだ、とてもじゃないが緊張が限界を越してしまいそうだ。
はっきり言って自分は度胸のある方ではない。
もう一つはっきり言うと、女の子と、しかも片思い状態の女の子と二人でカフェなんて初めての経験だ。
嬉しさの反面、失敗に対する恐れが高まりまくり。
こんな時は…。
そうだ、親父が言ってた、こんな時は逃げ道を作っておくのも一つの手なんだ。
そして、正直にあれ。
余計な見栄を張るな。
うん、うん、実行するしかあるまい…。

授業が終わって、校門を出るまで、特に会話するでもなくちょっと距離を置いた状態でいた。
でも目的地は同じで…。
ちらっ、と彼女に目をやると心ろなしか頬が赤らんでいるような…。
いつ見ても…。

校門を出てからさりげなく距離を近づけていく。
まぁ、帰り道が同じ方向の同級生が並んで歩いたところでどうってことないじゃないか。
どうってこと…。
どうってことないけど心臓の奴は勝手に暴走しまくっている。
口がうまく動くか自信はなかった。

「あ、あのさ。」
「うん。」
「お、俺さ。」
「うん。」
「女の子とね。」
「うん。」
「二人でってさ。」
「うん。」
「全然経験なくってさ。」
「うん。」
「ち、ちょっと…、じゃ、じゃなくてかなり、き、緊張してて…、ご、ごめん。」
「うん…、う、ううん。
私も約束した後、男の子と初めてのデートじゃん、って思ったらドキドキしてきて、午後の授業全然頭に入ってなかったの…。」
「えっ?」
「えっ? って?」
「秋山さんみたいな人が?」
「えっ?
…、私みたいな人?」
「うん。」
「私のこと、どんな風に…?」
「す、すごくしっかりしてて、俺なんかの前で緊張するなんて…。」
「ベ~、そんなんじゃありませんよ~、も、もう。」
「うん。」
「か、勝手に誤解しないで…。」
「うん。」
「赤澤くんの方こそ…、おごってくれるって言うから、こういうことに慣れてる人かと思ったわ。」
「そ、そうか。」
「じゃあ、似た者同士ってことなのね。」
「はは。」

似た者同士と言われましても…、俺は大好きなんです、あなたのことが!



F組三国志 1-3 [F組三国志 1 赤澤省吾]

う~んと、とりあえずの話題は…。

「あ、あのさ、いじめのことなんだけどさ。」
「うん。」
「今なら…、そうだな、ゲーム感覚で手を打てるっていうか、手を打ってみたら面白いかと思ったんだ。」
「ゲーム感覚?」
「うん、三国志って知ってる。」
「ええ、歴史で習ったレベル以上にね。」
「じゃあ、話しが早いかな。
簡単に言えばクラスを三つに分けるところから始めるってことなんだ。」
「私としては一つにまとめ上げたいのだけれど…。」
「うん、いずれはそうしたいけど、まぁ統一までの過程ということかな。」
「どういうこと?」
「現時点でクラス運営を放置したら、いじめる側の人が増える可能性が大きいと思うんだ。
みんな楽しい中学生生活を送って来た訳でもなさそうで、いじめられてる子をかばったら自分もいじめの標的になりかねないって思っている。
クラスのみんなの行動とかを思い出して分析してみた結論なんだけどさ、どう?」
「ええ、だから、いじめられる側になる前にいじめる側になろうとしている人もいるってとこね。」
「それが固定化する前、つまり今、いじめない人たちのグループを形成しておこうというのが三つのグループに分ける理由なんだ。
まぁ、別に三つでなくても良いのだけれどね。」
「どんな風に分けるの?」
「まず俺たちのグループ、秋山さん、君がリーダー、奥田さんや谷口さんたち、君と仲がいい人プラス岡崎とかも入れてやるかな。
次が河西哲平をリーダーとするグループ。
彼は男子の中でも人望が厚いし、彼を見つめる女の子たちの眼差しには妬けるものがあるからね。」
「そうよね、でも私のタイプじゃないわ。」
「はは、いじめをしないグループが二つあれば良い。
哲平は話せば分かる奴だと思うから、最初は俺らと哲平の三人だけがこの企みを分かっていれば良いかも。」
「だったら三人で一つのグループを作っても良いんじゃ…。」
「選択肢があった方が面白いと思うんだ。
俺は絶対秋山派なんだけど、リーダーには哲平って奴もいるかもしんないし、クラスを運営して行く上で二つの派閥が競いあったり協力しあったりしたら、面白いじゃん。」
「う~ん、そっか…、でもさその秋山派って表現ちょっとな…、赤澤くんがリーダーやってくれたらいいのに。」
「はは、俺にはそんな魅力ないからね。
まあ、リーダー論ということは小学生時代からの自分の研究テーマではあるけどね。
一時自分も地元の少年団のリーダーをやってはいたんだけど、中学に入ってからはリーダーをサポートしながら集団を見る様にしていてさ。」
「え~、なんか大人っぽい話しだ~。」
「へへ、研究って言っても、大したことないけどね。」
「ふ~ん。
あっ、河西くんのグループにも私たちのグループにも属さない人たちは?」
「派閥がはっきりしてきたらどちらかに所属しようする人も増えるだろうし、森や井原がグループを形成したら、それはそれで面白いかな、彼らも根っからの悪人という訳でもないだろうしさ。
ただ…。」
「ただ?」
「例えば、山影静。」
「あっ、無口よね。」
「そして存在感が希薄。」
「うん。」
「どのグループにも属さないかも。」
「本人が何を望んでいるかも分かんないのよね。」
「今の所、いじめの対象になってる訳でもなさそうだけどさ。」
「でもクラスの一員としてとけこんで欲しいな。」

F組三国志 1-4 [F組三国志 1 赤澤省吾]

「あっ、ここよ。」
「へ~、おしゃれなカフェだね。」

カフェなんてめったに入らない俺にとっては、ちょいとプレッシャーを与えてくれる、大人の雰囲気の店ではあった。
まぁここまで無難にというか楽しく会話してきたからなんとかなるだろう。

「あっ。」
「何?」
「バドパウエルだ。」
「え?」
「ほらこの曲。」
「このピアノ?」
「うん、うちの親父、JAZZが好きでさ。」
「へ~。」
「だから小さい頃から自分も耳にしていてさ。」
「そっか、私んちは母さんがクラシック好きで、だから、私もショパンとかシューマンの曲が好きになったのと同じね。」
「そうなんだ、俺もシューマンのクライスレリアーナとか好きだよ。」
「うんうん、何か嬉しいな、自分の周りの友達ってみんなJポップとかばっかでさ。」

しばしの音楽談義。
きっかけをくれたバドパウエルに、そして親父の趣味の広さに感謝だ。
彼女が口にする演奏家のCDは普通に家にあったりする。

もちろんクラスのことも話し合ったりしたから、ずいぶんの間カフェにいた。

「あっ、時間良かった?」
「そうね、家には連絡入れておいたから大丈夫だけど、そろそろね。」
「出よっか。」
「うん。」

地下鉄の駅まではすぐ。
そして…。

「どこで降りるの?」
「覚王山よ、赤澤くんは?」
「覚王山。」
「えっ?」

神様、有難うございます。
今日一日でずいぶん心の距離が近づけたと思っていたら、家も近かったなんて。
隣の中学出身だったとはね~。
朝は自分が地下鉄の先頭車両、降りたら早足で学校へ、彼女は最後尾に乗って、降りたらのんびりと学校へということだったらしい。
つまり、同じ列車に乗っていても顔を合わせることがなかったということだ。

「ねえ、明日待ち伏せしてもいいかな?」
「待ち伏せ?」

ちょっとずうずうしかったか、う~ん断られるかな…。

「待ち伏せじゃなくて待ち合わせでしょ、もちOKよ。」

やった~!
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