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お江戸JAZZ (上) [短編集-6]

Softly As In A Morning Sunrise。
なんてスタンダードナンバーを始めるのは、客も俺たちもそれなりに酒が回ってきた頃。
俺たち得意の曲で、ずいぶん昔に、このトリオを結成したきっかけとなった曲でもある。
朝日の如くさわやかに、アルコールのあまり入ってない時間帯に演奏したいところなのだが、こういったスタンダードナンバーはとにかく名演奏家の名演が多すぎて…。
M.J.Q. ソニー・クラーク、ウイントン・ケリー、ジョン・コルトレーン…。
ちくしょう、そんな大御所たちと、しらふで比べられてたまるか。
でも、まあ馴染みのメロディは客受けも良いし、俺たちも演奏していて楽しい、ということで…。
My Favorite Things。
このあたりから終わりまでJAZZスタンダードを続ける日も多い。
大御所たち程の演奏でなくとも、お気に入りの曲を耳にして、お客様方には満足して帰っていただいているらしい。
おかげで俺たちも食いつないでいられるという訳だ。

適度に心地よくピアノを弾いてる俺のじゃまをしたのは、突然の違和感。
曲がSomewhere Over The Rainbowに変わった頃…。
急な眩暈。

そんなに飲んでないぞ、今日は。
まあ、馴染みの客からのグラスは二三杯空けた気がするが…。
ベーシストの流山に目をやる。
目が合う。
あれ? どうやら彼にも何かしらの異変が起きたようだ。
まあ、長い付き合いってやつで…。
あっ、ドラムのリズムが少し狂ったぞ。
河留にしては珍しい。
うっ。
何だ? この感覚は?
今まで経験したことのない、いや~な気分に襲われる。
何なんだ?
あっ、突然、回りの景色が変わった。
ちょっと待ってくれよ、こんな演出聞いてないぞ…。

あれっ? 屋外だ。
しかも、見慣れぬ風景?
いや待て、見たことがあるかも?
えっ、時代劇でか?
ちょん髷姿の人が驚いた顔をしてこちらを見ている。
な、何が起こったんだ?
客は?
俺たち三人だけが飛ばされた?
と思いながらも、虹の彼方へを弾き続けている自分に気付き、軽い感動を覚える。
流山も河留も演奏を続けていることを考えると、まあ演奏することが体に染み付いているということなのだろう。

おっと、現実逃避してたのか、俺?
待て待て、目の前のが現実なのか?

どうしていいか分からなくて…、何となく演奏を続けている俺たち。
周りの人の輪が次第に厚くなっていくのを感じながら…。
曲の方は何となく日本の…、と言ってもちょん髷を結ってる人たちに伝わるかどうかとも思いながらも、上を向いて歩こう、見上げてごらん夜の星を、と続けてみる。
俺がトリオのリーダー役ではあるから、きっかけをピアノで奏でればベースもドラムスもついてきてくれる。
それなりに長い付き合いだから、レパートリーもそれなりにある。
ぽかん、と口を空けて聴いている連中の顔を見ている内に、ちょっと遊び心も芽生えてきて…。
宇宙戦艦ヤマト。
まあ、普段は酔客相手だから古いアニメ主題歌なんぞのリクエストもあったりするわけだ。
新旧アニメの主題歌を、気分次第で演奏。

あっ、向こうからやってくるのは、お役人さまか?
と、思いつつ始めたのは、帰ってきたウルトラマン。
いや、何の意味もない。
が、やばくないのか俺たち。
いきなり斬られる、なんてことはないと思うが…。
やばいと思う。
パスポート持ってないし。

とりあえず、お役人に受けそうな曲を考えてみるが、浮かばない。
警視庁のお偉いさんは、帰ってきたウルトラマンで喜んでくれたが…。
ここの人たちウルトラマンとか知らないだろう…、なんて、のんきに考えてちゃだめだろ。
自分に突っ込みを入れてみたところで…。

またしても眩暈が…。
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お江戸JAZZ (中) [短編集-6]

ふと気付くと店の舞台で演奏していた。
帰ってきたウルトラマンを。

客からは大喝采。
歌い出す客もいる。
訳のわからないまま演奏を続ける、というか、何時になくリクエストが多くて終われない…。

ようやく一区切りつけて、休憩室へ。

「何が起こったんだ、土屋?」
と、流山に訊かれる。
「俺に解る訳ないだろ。」

そこへ、店のマネージャーがやってきて…。
「いや~、今日の演出すごかったですね、どうやったんです?」
「えっ? どうって?」
「虹の彼方にで突然消えたと思ったら、帰ってきたウルトラマンで再登場なんて、土屋さんたちらしい演出ですけど…、ピアノとかも突然消すなんてトリック、何時の間に用意していたんです?」
「あ、ああ、まあ企業秘密ってことだな。」
そうか、こっちでは、そんな感じだったのか…。
「まあ、消えてたのが一分ぐらいだったから特に問題になりませんでしたけど、あんな演出は前もって教えておいて下さいね。」
「ああ、できればそうするよ。」
適当に答えながら帰り支度を済ませる。
「今日は昇竜だな。」
河留がつぶやく。
応えることなく、三人で店を出る。

昇竜までは歩いて三分。
まずはビールに餃子。
「何だったんだ?」
と、流山。
「タイムトリップって奴か?」
河留が応える。
「幻覚とかじゃないよな?」
「三人揃ってか?」
「何が何だか分からんな。」
「何の問題も無く終わった、否、むしろ店では大うけだったから…、気にすることないのか。」
「まあな…、でも、あれ、江戸時代か?」
「ああ、そんな気がする。」
「はは、宇宙戦艦ヤマトなんて聴いたことなかったろうな。」
「だいたい、ピアノもドラムもベースも始めてだったんじゃないか?」
「だろうな…、JAZZなんて聴いたことない人たちに、俺たちの演奏はどう映ったんだろう?」
「う~ん、津軽三味線の発祥って何時頃なんだ?」
「そうか、津軽三味線か…、JAZZの定義なんて知らんが、あれは日本のJAZZだよな。」
「ということは、向こうの皆さんにも楽しんでもらえた可能性はある訳だ、俺たちの演奏。」

話しは尽きない。
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お江戸JAZZ (下) [短編集-6]

俺たちが店に集まるのは夕方の四時頃。
開店前に打ち合わせとか、練習とか。

いつもは早い流山が遅れてきた、そして…。

「おい、俺たちやっちまったぞ。」
「何をだ?」
「これを見ろ。」
「音楽史か?」
「江戸もの?」
「ああ、江戸中期に突然始まった音楽様式とある、未だにその起源は謎だが、JAZZとの類似性は否定できないとあって。」
「えっ? どんな曲?」
「さっき調べてきたんだけどな。
題こそ全くの別ものなんだけど、日本の古典として、俺たちが向こうで演奏してきた曲が…、上を向いて歩こう、宇宙戦艦ヤマトとか。」
「あっ、そう言えば昨日…、戻った後、客からのリクエストがよく分からなかったな。」
「ああ、曲名では分からなくて、少し歌ってもらってとか…。」
「俺たち、昨夜は日本の古典を演奏してたってことか?」
「おいおい、俺たちの演奏を一回聴いただけで残せる人物が、向こうの観客の中にいたってことか?」
「だろうな、それはそれですごいことだぞ。」
「でも、帰ってきたウルトラマンは、そのままだったな。」
「役人が来たからな、逃げて聴いてなかったのかも。」
「有りうるな。」

「お、おい、俺たち日本の音楽史を変えたってことか。」
「文字通りな…。」
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侵略者 [短編集-6]

「艦長、目標の惑星までは後少しです。」
「うむ、楽しみだな、宇宙では数少ない、生物の存在する惑星、しかもその生物は言語を用い通信手段を持ち合わせているのだから、奴隷ぐらいにはなるだろう。
どうだ傍受している電波から何か分かった事は有るか?」
「はい、どうも言語が幾つも存在している様です。」
「ということは複数の生物集団が対立しているのか…、解読はどうだ?」
「さすがに音声信号だけでは…、あっ、画像が…、動画映像が拾えました、モニターに出します。」
「どれどれ、うわ~、すごく不細工な生物だな、建物もおかしな形、奴隷として役に立つのかな。」
「使えなかったら、消去ですね。」
「そうなるな。」
「地表の様子を捉えました、モニターに出します。」
「ああ、随分近づいたんだな。」
「あれ?」
「どうした?」
「大きさが…、故障かもしれません、故障でなかったら建造物は信じられない大きさです。」
「なに?」
「生物も巨大です、ここから確認できる個体は我々の五百倍はあろうかと。」
「馬鹿な、他の生物はどうだ?」
「はい我々と同サイズの飛翔体を確認、あっ!」
「どうした?」
「今、巨大生物に叩き潰されました。」
「う~ん、こちらの兵器は通用しそうか?」
「倒せない相手では無いと思いますが、数が結構多い様で…、今データ収集をしていますが、おそらく数十億かと、一万匹ぐらいならこの艦の装備で片づける事も可能でしょうが…。」
「これじゃあ奴隷どころじゃないな、手っ取り早く植民星にと考えていたが、今回は調査だけにするか…、成果は巨大生物発見だけでも大丈夫だろう。」

かくして地球は侵略を免れたのだった。
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悪魔 [短編集-6]

「なあ、この所俺達、悪魔を題材にしたお話に異変が起きていると知っていたか?」
「いや、どうなっているのだ?」
「まあ、この辺りを見て見ろ。」
「ああ。」

一週間後。

「どうだった?」
「何か悪魔が善、神が悪、という感じの漫画やアニメが結構あるのだな。
悪魔が人々を救うなんてのも有ったが、いったいどうなっているのだ。」
「お話としては、善悪が入れ替わって面白いのだろう、神なんて信じてる奴はいないだろうしな。」
「このままで良いのか?」
「良いさ、この際、悪魔のイメチェンを図ろう。」
「どうする気なんだ?」
「そうだな…、街の掃除でもして人間を喜ばせれば、人間どもは神ではなく悪魔を崇拝する様になる。
早速やってやろう…。」

一時間後。

「人間ごと街が消えたな…。」
「どうだ、綺麗になっただろう。」
「たしかにすっきりしたが、お前って本当に悪魔だな。」
「ああ、良く言われる。」
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魔法 [短編集-6]

「孝雄、最近気付いたのだけど、私、魔法が使えるみたいなの。」

大学のカフェテリアで麻美が唐突に話し始めた、彼女とは同じ講義を受けていて話はするが、特別な関係ではない。

「ヘ~、麻美はもっとクールでドライな人だと思ってたよ、十八でメルヘンか、まあ女の子だからそういう所が有っても悪く無いと思うよ、俺はね。」
「いえ、メルヘンという感じでは無くてね、一円玉持ってない?」
「えっ、有ると思うが…、麻美はカード派だから小銭は持たない主義だったな…、有ったけどどうするんだ?」
「机に置いて。」
「ああ。」
「一円玉をよく見ててね。」
「うん。」

何故か一円玉はゆっくり五ミリ程動いた。

「どう?」
「どうって、少し動いたけどマジックなのか?」
「いいえ、私が『動け』と念じた結果なの。」
「なら、今は驚く所なのか?」
「問題はそこなの、一円玉を五ミリ程、手を使わずに動かせても疲れるだけで何のメリットもないって、悲しくない?」
「もっと重い物とか早くとか長くとかは出来ないのか?」
「今のが限界なの、孝雄、何とかこの能力を活かせないかしら、欲しい物が有るのよ。」
「取り敢えず見世物系はだめだな、地味過ぎてマジックとしても成立しない。
う~ん、パチンコの玉はどうだ?」

俺達の実験は、パチンコの玉は重過ぎて影響を与える事が出来ないと確信するまでに五千円、体力を消耗した麻美との食事に二千円ほど使って終わった。
それから一か月、二人で色々考えたが、一円玉を五ミリ動かせる魔法の使い道は無かった。
役に立たない魔法か…。

まだ諦められないという麻美と夕暮れ時のキャンパスで。

「麻美、ちょっとした仕掛けを作ってみた、この箱の留め金は軽いから魔法で開けてみてくれないか?」
「うん。」

留め金が開いて中からは手紙という仕掛け…。

「孝雄…、俺と付き合って欲しいって…、本当に…?」
「だめか?」
「まさか、有難う、お願いします…。」

魔法を使う時の麻美は真剣な顔になる、普段でも可愛い部類に属するが、その時は特に美しい
彼女の魔法は一円玉を動かす事ではなく俺の心を…。

魔法に掛けられた俺は、今も麻美と一緒に魔法の使い道を考えている。
だが、ふと思う時が有る。
本当の彼女はすごい魔女では無いかと…。
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おまじない [短編集-6]

真奈美と結婚して二年になる。
性格が良くて可愛くて、何の問題も無いのだが、彼女は良くおまじないをする…。

「真奈美、またおまじないか?」
「ええ、あなたが今日の飲み会で飲み過ぎない様にね。」

そう言って、彼女は俺の時計にキスをした。
俺は頻繁に時計を見る癖が有る。
気が付くと飲み会の席で飲み過ぎない様、自重していた。
時計を見る度に真奈美を思い出したからだ。
別の日には…。

「なあ真奈美、おまじないに効果はあるのか?」
「もちろんよ。」
「良く分からないが、今やってたのは何のおまじないなんだ?」
「誠が会社の人と恋に落ちない様にね。」
「はは、何を言ってるんだ、俺は真奈美一筋だぞ。」
「有難う、でも保険みたいなものね。」

そう言われると…、最近色目を使って来る同僚がいたりする。
だが、おまじないをされてからは、その彼女を見ると真奈美が俺の目の前で女優の写真をやぶいた光景が思い出される様になった。
思い返すと彼女のおまじないは不思議なくらい効果が有った気がして来る。
今まであまり気にしていなかったから気付いてなかっただけかも知れない。
数日間じっくり考えてから…。

「なあ、真奈美のおまじないって人の心理を考えてやっているのか?」
「そんな難しい事考えてないわよ。」
「でも、ふと気づいたら真奈美のおまじないに沢山助けられていた様な気がして来たんだ。」
「ふふ、気付いてくれたのね、これからはそれが半分になるから、誠がおまじないの効果に気付くおまじないを掛けたのよ。」
「えっ?」
「赤ちゃんが出来たの。」
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カーテン [短編集-6]

「へ~、伸二、綺麗にしてるのね、一人暮らしに慣れたらどうなるのかと心配してたけど安心したわ。」
「母さん、家にいた頃も自分のことは結構自分でしてただろ。」
「ふふ、ずぼらな姉が反面教師になってたわね。
 ここは狭いから片付けるしかないとか…、あらっ、こっち側に窓はなかったよね。」
「ああ、壁にカーテンを付けてみたんだ。」
「えっ?」
「フェイクでね、ここは古くて狭いだろ、壁紙を貼ろうかとも思ったのだけど手間と費用を考えてさ。」
「はは、カーテンを開けると普通に壁なのか、エッチなポスターでも貼って有るのかと思ったわ。」
「それではダメなんだ。」
「ダメ?」
「余計なものが貼って有ったら想像が広がらないだろ。
 普段このカーテンは閉めたまま、その状態でカーテンの向こう側を思い描くんだ。
 窓の向こうに広がる景色とかね。」
「そっか…。」
「母さんにはカーテンの向こうに何が見える?」
「う~ん、さっき壁を見てしまったのは間違いだったかしら、年を取ると想像力も衰えてしまって…、伸二はどうなの?」
「その時の気分次第かな、落ち込んだ時は頑張って明るい光景を思い浮かべようとしてみたり。」
「まだ、みーちゃんのこと、引きずってる?」
「う~ん、引きずってると言うか…。」
「彼女さんには話したの?」
「ああ、アルバムを見せてね。」
「中学生の頃までは、みーちゃんとの写真ばかりだったものね、彼女さんはなんて?」
「真奈とは、このカーテンの向こうに未来の自分達を描いたりしてるから…。
 まあ、みーちゃんが僕等のことを応援してくれてるってことにして…、みーちゃんは顔を真っ赤にして俺のことを好きだって言ってくれたのだから微妙なのだけどね。」
「カーテンの向こうで、みーちゃんは怒ってる?」
「まあ、怒られることも有るけど顔は笑ってるかな、励ましてくれるし。
 このカーテンの向こう側は過去であり未来であり、みーちゃんと遊んだ公園、みーちゃんと行けなかった北海道、でも、真奈との未来でも有るんだ。」
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