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鹿丘小学校-02 [シトワイヤン-16]

みんなが落ち着いた所で。

「転校生の皆さん、この学校には卒業した先輩達が作った裏の校則、約束事が有ります。
簡単か難しいかは皆さん次第ですが、簡単に言えば『格好の良い子どもになろう』。
勘違いして欲しくないのは外見の格好良さではなく人としての格好良さです、詳しくは帰り道にでも六年生から聞いて下さい。
今日のみんなは始業式もきちんと出来て恰好良かったです、明日は新一年生と一緒だから、みんな格好良いお姉さんお兄さんになって下さいね。」
「は~い。」
「では、工事中の所も多いですので転校生の人達が危なくない様にお願いします、また明日元気な笑顔を見せて下さい。」

今日は班毎の集団下校、先生方も見守って下さるが、転校生や低学年の面倒は私達新六年生の担当。
すぐに校門を出る班が有れば、自己紹介をしている班も有る。
それぞれの班長が、それぞれの事情に合わせて考えている。
私の班は…。

「うちらは家まで近いから、少し寄り道するよ。」
「絵里姉、どこ行くの?」
「出来立ての公園で自己紹介、うちらの班は転校生が多いでしょ。」

「万里さんは班長ではないんだね。」
「翔太君、役割はみんなで分担なの、絵里と真一なら間違いないわ。
役割分担については明日の学級会でね。」
「そうか、俺は何も分からないが。」
「翔太君は転校して来た六年生の中では、一番堂々と話せる人みたい。
だから転校生達のリーダーになってみんなが私達と馴染める様にお願いしたいのだけど、どう?」
「そうだな、転校生達は兄弟がいないとみんな孤独かも知れない、でも、転校生だけで固まっては駄目だよな。」
「ええ、みんなのお兄さんになってあげてね。」
「オッケイ、万里さんは頼れるお姉さんだそうだから、俺も頼られる様に頑張るよ。」
「えっ、誰がそんなことを?」
「斗真君だよ。」
「斗真か…、少し頼りないけど、仲良くしてあげてね不器用な所が有るけど悪い奴じゃないから。」
「ああ、クワガタ捕りに連れて行って貰わないと行けないし。」
「もうそこまで、東京の男の子はしっかりしてるのね。」
「はは、酷い奴も少なからずいるよ、俺が特別ということでもないけど、少し事情が有ってね。」
「自覚してるんだ。」
「兄貴にね、少しハンディが有ってさ、自分がしっかりしないと弟達がね。
ちなみに都会では四人兄弟なんてレアなんだよ。」
「へー、苗川は大家族でも安心して暮らせる町を目指しているけど、四人兄弟はそんなにないわよ、うちは高校生の姉とあそこでよたよた歩いてる妹の三人姉妹なの。」
「妹も可愛いね。」
「う、うん…。」

も、って言った、言ったぞ、さりげなく、これが東京の男の子か…。
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鹿丘小学校-01 [シトワイヤン-16]

私は鈴木万里、苗川市立鹿丘小学校の六年生になったばかり。
今日は始業式だけど、今までの始業式とは大きく違う。
小学校に入学してから始めて転校生を迎えることになったのだ。
今までやった事のなかった、クラスでの自己紹介は少し新鮮だった。
先生の話が終わってから、隣の席になった転校生に話しかけてみる。

「あのね、私達のクラスが転校生を迎えるのは初めてなの、だから戸惑う事が有るかも知れないけど、えっと、仲間になって欲しいわ。」
「もちろんさ、鈴木さんよろしくね。」
「じゃあ、万里って呼んで、クラスには同姓が多いでしょ、だから誰も鈴木さんなんて呼ばないの、それで、翔太くんって呼んでも良いかな?」
「女子からそんな風に呼ばれたことないから少し照れるけど、俺としては早く馴染みたい、万里さん、色々教えてね。」
「ねえ、お父さんは男子ならクワガタの居場所とか教えて上げれば良い、とか話していたけど、そういうものなの?」
「あっ、そうか、キャンプに行った時、探しても全然見つからなかった、でも苗川で暮らせば…。」
「やはり、田舎暮らしに抵抗は有る?」
「そうでもない、住む所は普通に町、山が綺麗で何が不便なのかまだ分からないよ。」
「お姉ちゃんは電車の本数が少ないとか好きなシンガーのライブに行けないとか言ってるわ。」
「俺には関係ないかな。」
「あっ、そろそろ時間ね、運動場へ移動しましょ。」

運動場にみんなが集まって来ると、全校児童が二十一人も増えたことを実感する。
さて、私の出番だ。

「みんな班に分かれて、六年生は転校生がどの班になるのか確認してあげてね。」
「おう。」
知らない子は転校生だから…。
「えっと、君の名前は?」
「ほんだこうじ。」
「由里、本田浩二君はこの子よお願いね。」
「あらっ、可愛いわね、お姉さんちは近くだから一緒に帰ろうね。」
「うん。」

「万里、班の方は大丈夫そうだよ。」
「そうね、では…。
みんな~、ちょっと聞いてね~。」
「へえ、万里さんが仕切ってるんだ。」
「翔太君、万里は皆の頼れるお姉さんなんだよ。」
「斗真君は同学年だろ?」
「はは、たまに算数を教えて貰ってるかな。」
「なるほどね。」
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或る日の-10 [シトワイヤン-15]

或る日の夜、愛華の原稿に目を通した後。

「ふふ、苗川のことが益々好きになってしまう本です。」
「うん、本間さんが苗川の素朴で素敵な人達と酒を酌み交わすところから始まって、さすが愛華だね。
これなら社会福祉事業の資金が稼げそうだよ。」
「後は校閲にお任せなんだけど、清香の方はどうなの、本を出す計画が有ると聞いたから、今回の本では触れない様にしたのだけど。」
「まだ、取り組み始めて間もないことも多く、成果として本にまとめるには時間が掛かります。
ただ、愛華の本が売れるでしょうから、それに便乗して一冊、進行中の話として出そうと。
会社の立ち上げから村の成り立ち、単なる建物の集まりではなく、人の集合体としての村が機能して行く過程は面白い読み物に出来そうで準備に取り掛かっています。」
「村長は乾社長では無いのだよな。」
「はい、会社と村は二重構造になっていて、乾社長は村にあまり口を出さない方針、社長の指示で動くので有れば勤務になってしまいますので。
村の運営は、乾社長に見守られながら、田舎暮らしを選んだ社員やその家族が自主的に取り組んでいまして、時に酒を酌み交わしながら会社の部署を越えた共同体の構築を目指しています。」
「清香がそこまで把握してるということは閉鎖的な村では無いのね。」
「ええ、あまりにも独特な村組織になりそうなので、もう少しまとまってから党でも発表するとか。
私としては、株主配当の一部を村の活動に還元させて頂く代わりに情報を流して頂く約束をして貰いました。」
「党の考える社会と多少形は違っても、目指す所は近いということなのかな?」
「はい、今は会社とその家族という枠組みで考えていますが、和馬のログハウス村関係者も興味を示しているそうです。
一つの会社の社員で構成される村落共同体に、お金持ちが参加するという展開、そこで何が起こるのか興味深いです。」
「村人の平等意識とかがどうなるのか面白そうだけど、清香は村長のうんと上の存在、村人との関係は?」
「私は村の守り神だそうです、会社や村が困った時に手助けする存在ですので仕方無いかも知れません。
ただ、神と崇めることはしないで欲しいとお願いしたのですが、すでに村人達の家には私の写真が飾られているそうで、変な新興宗教みたいにならないか心配しています。」
「はは、清香村だもんな、本間市長は地名を正式に変えることも有りだと話しておられたよ。
新興宗教でも良いじゃないか、村独自のものが有って村の歴史が作られて行くのだろ。」
「そうですね、村では女性を尊重するそうです、特に妊娠中や子育て中のお母さんには色々特権を付与する事で平和な村にするのだとか。」
「先祖伝来の風習は無いが新しい村の風習を考えてる訳か。」
「村人同士の結びつきはまだ弱いかもしれませんが、社員は新しい村を作ろうと集まった人たちです。
会社が順調で有り続ければ、豊かな村になるでしょう。」
「素敵な清香村になりそうね。」
「その名称には抵抗が有るのですが…。」
「守り神だから受け入れるしかないわね、株式会社柚木開発のオーナーでもある訳で。」
「お金持ちがお金持ちの役割を果たしているのだから胸を張って良いと思うぞ。」
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或る日の-09 [シトワイヤン-15]

或る日の昼下がり、愛華と。

「人が子どもを育てる事の本質から見直すべきなのよ。」
「見直すって?」
「社会との関わりを無視して子の躾をせず、ただ甘やかすだけの親。
高学歴なら幸福になれるという幻想の下、能力以上の学歴を子に要求し疲れさせ、自分も疲れている親。
そんな親がいるけど、本来は、能力に応じて社会の中で自立出来る力を子に身に着けさせ、最低限、人に後ろ指を指されない様に育てるのが親の役目でしょ。」
「そうだな、親本来の役目と向き合う、そこが教育制システムから抜け落ちている。
政治や社会と向き合っている党員は、大人に対する社会教育を考えているが、一朝一夕で出来ることではなさそうだね。」
「シンプルに我が子が親になる姿を想像出来たらと思うの。
私達はまず自分達が親になる姿だけど、参考にさせて頂ける尊敬できる大人が沢山いるわ。
でも、そういう人が身近にいない人も少なくないみたい。
テレビのドラマでも反面教師にするしかない人が沢山出て来て、二話目を見る気にならないのよ。」
「まあ、ドラマだと癖の強いキャラにせざるを得ないのだろうな、普通の人が普通に生活しているのを見ても面白くないだろうし。
テレビを見るより本を読んでいたい派だから、実際の所は分からないが。」
「う~ん、理想の人物を主人公にしても、そんな聖人君子は面白くないのかな。
単純に、自分はあんな大人になりたい、我が子にはあんな大人になって欲しいとかイメージすることを考えたのだけど。」
「バランス感覚のない人だと、変に偏った教育をしそうじゃないか。
逆に、あんな大人にはしたくない、という反面教師の方が示し易いかも。」
「傲慢な欲の塊みたいな人は目指して欲しくはない…、でも人それだから、そんな人を目指す人もいるのでしょうね。」
「愛華は子どもの頃どんな大人になりたいとか考えていたのか?」
「いいえ、大人になりたいとは思っていたけど、どんな大人にかは考えてなかったわ。
それに気付いたから、子どもに対してどんな大人になりたいかイメージして貰う、そうねスポーツ選手を目指すにしても、憧れる選手像を単にスポーツの記録だけでなく、人柄や人間性も含めて考えてみて欲しいかと。」
「そうだな、本間さんが苗川の市民に、頭の良し悪し関係なく子ども達に尊敬される人間像を示した様に、あっ、苗川の大人達は子どもから尊敬されているね。」
「ええ、大人達はきちんと子どもと向き合っているもの。
調査をしたチームが有ったのだけど、子ども達の心の安定度とかが他地区とは大きく違うそうなの、転校生が増えてるけど、いじめがなくて総じて仲が良いのだとか。
大人達が苗川の改造に取り組んでいることも、子どもにとってプラスに働いていると考えてるそうよ。
前向きな親の影響を受けるということね。」
「それを他地区にも広げて行くには教育の本質を見直すべき、まずは大人の意識改革ということかな。」
「ええ、利己的な考え方を駆逐して行くことは簡単ではないけど、それに取り組んで行かないと先に進めないわ。」
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或る日の-08 [シトワイヤン-15]

或る日の昼食中、注文したものが思っていたより量が多くて。

「このメニューは私にとって適正カロリーでしょうか?」
「大丈夫だよ、清香はもう少し体積を増やしても問題ない、どう見ても適正体重の範囲内だろ。」
「和馬の目から見て問題なければ良いのですが。」
「そもそも適正と言っても幅が有るだろ、適正な給与水準というのを検討している部会を少し覗いてみたがかなり難しそうだったよ、適正価格ならある程度計算出来るのだろうがね。」
「給料ですか、私達はどちらかと言うと払う側になっています。」
「清香の所は給料、どんな形で決まっているんだ?」
「乾社長は、東京の企業に合わせる形で設定したそうです。」
「社員から不満とかは?」
「越して来て支出が減ったという社員が多く、三人目の子を考える夫婦や結婚に前向きな人が増えてるそうで、結婚祝いや出産祝いはまだまだ続きそうです。」
「給料に関する不満は無さそうなのかな。
党の部会で検討していたのは、健康で文化的な生活を送りながら、普通に結婚出来、三人以上の子を儲けることが苦にならない給与水準なんだけど。」
「標準的な目標値ですか…、標準的な計算式を割り出すにしても、条件の差が大きくて簡単に結論は出ないと思います。
苗川での比較的地味な生活に満足できる人と、それには満足できない人がいる訳ですので。」
「確かにな、年収一千万でもローンに苦しむ人と、五百万でも貯蓄を増やす人がいるそうだ、その辺りの教育が行き届いていないのかも知れないね。
清香は、株を売ったり銀行から借り入れたりして資産を随分減らしたが、新たに手に入れた株式が安定した資産になりそうなんだろ。」
「そうですね、このまま行けば遠くない将来全体の評価額は以前より大きくなりそうです、株を担保に更なる借入も出来ます、乾社長のおかげですが。」
「そうか、そんな世界とは無縁な社員の皆さんは、給料を適正な額だと判断しているのかな?」
「会社として、お金に関する学習会を開いています、給料と売り上げの関係など、乾社長は企業活動と売り上げ、給料の関係を社員が分かっていないと企業は伸びないと考えているのです。」
「社員としてのモチベーションに繋がる問題なのか…、でも、会社に不満を持つ人達は論理的に考えなさそうだ。」
「うちはブラック企業では有りませんので関係有りません。
比較的地味な暮らしをしている社員達は、豊かな自然に囲まれ気の合う仲間たちと働く環境から、かつての村落共同体を意識しているそうです。
最近出て来たのは、教育費を家計から分離し社員全体で持つという案。
残業が無くなり空いた時間を子ども達の学習援助に当ててる人が何人かいらして、教育についての議論からだそうです。」
「村全体で子どもを育てるのか、昔の村落共同体以上に子どもを社会で育てるという意識なのかな。」
「子ども好きな独身社員が、率先して子どもの相手をしているので、母親の負担が減っているのだとか、子ども達が集団で遊ぶ切っ掛けを作り、都会とは違う人間関係が子ども達の中にも出来つつ有るそうです。」
「教育系の学生が興味を持ちそうな話だね。」
「はい、乾社長は学生向けの宿泊プランと共に学生にアピール。
また、社員中心に文をまとめ私の写真付きで本にするつもりです。」
「はは、さすがだな、という事は実験的な取り組みを後押しし、本の印税は大学進学の費用にとか考えていそうだね。」
「ええ、大企業には出来ない取り組みを実践、成功したら広げて行くと言うのが彼の考えです。」
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或る日の-07 [シトワイヤン-15]

或る日の夜。

「和馬、執筆中の本のことだけど。」
「何か問題でも?」
「ちょっと概要を聞いてくれる?」
「ああ。」
「一つのテーマは人間としての価値観かな、極論を言えば誰からも嫌われている大金持ちと誰からも愛される貧乏人。」
「人から嫌われても金儲けは出来るが、誰からも愛されていて貧乏というのは成立するのか?」
「やはりリアリティーに欠けるかしら。」
「色々並べてみたらどうかな。
高い学力を持つが利己的な人と学力は低くても誰にでも優しい人、とか。」
「優しさや愛されるというフレーズはやはり弱いのかな…。」
「俺達の党が仲間にしたいのは、社会とどう係わっている人なのか、という実例を挙げた方が早いのかも。」
「日本語版だけなら問題はないのだけど、英語版だと、日本人との価値観の相違が大きい気がしてさ。」
「それは有るだろうな、英語版への翻訳は多国籍の人に助力を求め、日本人の価値観を研究して貰いながらにした方が良いのかも。」
「地球市民党を通して協力を要請すれば良いのかしら。」
「試してみるのは有りだね、他の内容は固まったのか?」
「ええ、教育を、しつけや徳育の観点から、学力教育偏重にならず人との繋がりを考える人間教育。
社会教育を通して皆が安心して生活出来る社会の一員に、社会が私達の生活を変えてくれると考えるのではなく、社会を構成する一人一人によってより良い社会が成立するということを分かり易い事例を通して訴えて行こうかと。」
「そうだな、自分さえ良ければ良いと考える人だけの社会は成立出来ない、仕事としてで有っても集団の為に働く人が必要だからな。
あっ、本間さんの名前は当然出すのだろ、了解はして頂いたのか?」
「勿論よ、概要を話したら、印税に期待してるって、民間で弱者救済を進めてくれると市長として助かるとのこと、私達の福祉活動への対価は感謝状という紙切れ一枚で許して欲しいと言われたわ。」
「それも必要ないが、今日、乾社長と連絡を取ったらね、そういう分野でも効率良く費用対効果を最大限にする方法を検討しているそうだよ。
子どもが描いた絵でも何でも、売れる物は売って行く、作品が売れることによって作者が自信を持ってくれたら、経済的にも心理的もプラスになるそうでね。」
「さすが乾社長、彼が利己主義の守銭奴でなくて本当に良かったと思うわ。」
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或る日の-06 [シトワイヤン-15]

「人材の育成か…。」
「苗川は店員たちの質が向上している以前に、市民たちの高い人間性を指摘する声も上がっています。」
「ああ、本間市長は市民の意識が高いと良く話される。
苗川と同じことを他の地方都市で取り組もうとしても簡単ではない、実際、思い切った改革には反対する人が少なからずいると聞くね。」
「居酒屋で、未来の苗川を優しい気持ちで考えてると耳にしたわ、自身の欲得ではなく社会的な視点ということみたいに。」
「そういう人はどこにだっていらっしゃいます、ただ、その様な方々が本間さんの助言の下、市民政党若葉の党員としてまとまり、そうですね、高いプライドを持って彼の地を作り替えようと、学生からの報告ではそんな魅力的な人達の下に集まった人達が、影響され社会性や人間性が向上していると、明らかにプラスの人間関係が形成され好循環が実現していると結論付けています。」
「大物にはなれなくても嫌な大人にはなりたくないとか、本間さんが広げたっぽい標語みたいなのを良く耳にするものね。
党のシステムでも市民の意識改革として、市長になられる随分前から主張して見えたわ。」
「俺は知らず知らず、そんな人達が暮らす苗川に魅力を感じていたのかも知れないな、雄大な自然と素敵な住人。」
「都会で足の引っ張り合いをしてる様な人を見かけると嫌になる。
幾ら行政が頑張ったところで、その集団を構成している市民が我欲に走る人ばかりでは優しい町にはならないのよね。」
「本間市長は俺達の功績を強調されるが、彼自身が成し遂げられた、目に見えない、あえて言うなら民度の高い人を中心とした町作りこそが、広げて行くべき事なのかも知れない。
苗川の再開発は工事の規模で目立っているが、俺達が本当に伝えて行くべきなのは意識の高い市民の存在だな。」
「本にまとめる?」
「ああ、元々地元を愛する心が有った人達、そこに市民政党の理念が溶け込んだ、宗教とは違う形で進めたのは本間市長、その結果、といった所か、他は蓄えが有るのだろ。」
「ええ、来週ぐらいには原稿を書き上げるわ、苗川ネタの在庫は多いのよ。」
「意識改革の重要性が伝われば党の活性化にも繋がる、英語版も出そう、印税の一部は苗川に還元するか?」
「この前、社会的弱者を受け入れる話が出てたでしょ、そこの応援をしたいわ。」
「優しい人の話を本にして人に優しい活動に役立てるのですね、乾社長は障害者雇用を進める様に指示を出しています、党支部とも連絡を取り合っていますので…、ふふ、まずは本が売れてからですね。」
「苗川の秘密を知りたい人は多いし、愛華の文は分かり易い、今まで出した本は地球市民党の広がりも有って継続的に売れてる、印税で社会的弱者を何人か養って行く事も考えていくか?」
「そうね、その気になればネタはまだまだ有る、英語版は地球市民党がらみで勝手に宣伝してくれるし、印税の扱いは康太とも相談しておくわね。
あっ、清香は銀行からの借り入れ、返済は良いの?」
「大した額では有りませんし、銀行との関係を良好にしておくための借り入れですので問題有りません。」
「和馬のログハウス関連の会社は?」
「問題ないよ、利益は別の過疎地にログハウス村を建設する計画に当てられる、まあお金に困ってない人が趣味で集まってる集団、その管理会社だからね。
集まった社員達も自然が好きな人達で、清香のところの社員達とも仲良くやってるよ。」
「愛華、結婚祝いや出産祝いが続いているのですよ。」
「結婚する人達は目指せ大家族なのだが、みんなでそれを支えようとしている、新しい村が共同体として機能し始めているんだ。
俺もメールのやり取りぐらいだから…、愛華、次に苗川へ行く時はその辺りを見て来るか?」
「そうね、目指せ大家族は和馬も意識しているのでしょ?」
「ま、まあな…。」
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或る日の-05 [シトワイヤン-15]

或る日の夕食後。

「苗川について面白い報告が有りました。」
「誰からの?」
「苗川の経済を研究している学生です。
主にサービス業の時給が上がった事による効果を調べているそうで。」
「単純に考えれば質の向上に繋がっていると予測出来るね。」
「ええ、聞き取り調査をした結果、確実に店員たちの質が向上しているそうです。」
「それは、時給に見合った仕事を求められてということかしら。」
「求められてと言うより自発的なもの、市民政党若葉の聖地で働いている、給料面など待遇が良い、そこから向上心が高まっているとのこと、殆どが市民政党の党員ですので。」
「最低賃金レベルで働いている若者とは意識が大きく違うのだろうな、彼らは自分達を社会の底辺と捉えていた、この所人手不足気味らしいから、すでに抜け出しているかも知れないが。」
「向上心を失っていると簡単には行かないかもよ。」
「苗川の店員達は身だしなみにもお金を使える様になり、美容関連の売り上げアップに貢献。
そして綺麗な子が多いと評判になって男性客が増えてるとか。」
「そんなに単純なのかな?」
「学生からの報告ですので客観的ではないかも知れませんが、乾社長は否定してませんでした。」
「苗川に綺麗な子が多いと言われてもな、俺は美女二人と一緒だからかその印象はなかった。」
「ねえ和馬、美人は三日で飽きるというのは、実際どうなの?」
「う~ん、それは外見だけの美人に関する説じゃないのか、二人とも人間的にも素敵だからね。」
「あ、有難う…。」
「ふふ、苗川があのエリアの中心になっているのは間違いないです。
まだまだ工事中ばかりですが、苗川を素敵に変えるという意識は若年層にも浸透していて、街の魅力を上げる原動力になっていると、それを後押しているのが給与面の周辺市町村との格差みたいです。」
「その格差は無くして行かないとまずいよな。」
「ある意味、歪が生じているのよね。」
「苗川スタンダードを周辺に広げて行くことは計画に入っています。
今は、その格差を埋めて行くことがエリア全体の目標ですが、市民政党としては日本中の地方都市と大都市圏との格差を減らして行くことが大きな目標でも有ります。」
「そうだったな、今は他の地方都市が羨む様な形で苗川を発展させ、地方再生のシンボルに、苗川に習って改造を考え始めてる地方都市が出て来てるのだから。」
「和馬、そんな地方都市でも給与面の改善はなされるのでしょうか?」
「建設業は問題ないだろうが…、サービス業に関しては苗川の様に大きく動かさないと難しいのかも知れないね。」
「地域が活性化すれば店の利益も増えるわよね。」
「ですが、従業員の給料を上げるという、乾社長にとっては簡単な事が、個人経営の飲食店では難しいそうです、苗川ではかなりクリア出来ましたが。」
「私利私欲ということ?」
「いえいえ、乾社長は売り上げが落ちて来たら、店を閉店することに全く抵抗が無いと常日頃から話しています。
味に飽きられたら、違う味で勝負する、個人経営の飲食店では簡単には真似出来ません。
その余裕の差が給料にも関係してるのです。
他店なら利益目標を二千万にする所を一千万に抑え差額を従業員に還元する、それが明日の利益に繋がるのだそうです。」
「目先の小さな利益に拘らず先々を見据えているということかな。」
「はい、人材の育成が進んだら会社の更なる拡大を目指しています。」
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或る日の-04 [シトワイヤン-15]

或る日の午後、苗川市の本間市長宅で。

「本間さん、苗川にも全国チェーンの店が増えて来ましたね。」
「ああ、まだまだ出店計画は有るよ、スーパーやホームセンター、ドラッグストアとかね。」
「あまり増えると、本来地元に落ちる筈のお金が持っていかれてしまいそうです。」
「その通りだが、どうなるのかな、初期投資はこの地に落ちる、後は人件費だが。
チェーン店は従業員の給料を低めに抑える事で成り立っているだろ、ところが清香さん関連の店ではパートの時給は今までの五割増しが普通、だからか安易にオープンした店は人手不足に陥っていてね。」
「時給を上げて募集しないのですか?」
「時給を上げれば利益が減る、他の店舗とのバランスも考えないと行けないだろうね。
今は、スキルの低い高校生バイトとかで何とかしようとしてるみたいだがな。」
「マニュアル化が進んでいて誰でも即戦力なのではないのですか?」
「そんなに簡単な話では無く指導者の資質にもよるのさ、全国チェーンの看板が有るから、それなりに客は来る、忙しいのに周りの店と比べて低い時給、仕事の出来る子からやめて行く。
ブラックな状態になりつつ有る店舗へは指導をしているよ。
チーフの肩書を貰っていても隣の店の普通のホール係りより時給が低いと知って精神的に不安定になる人もいるんだ。」
「そんな状態では、撤退も有りそうですが。」
「ああ、清香さんとこの乾社長は、そこを静かに狙ってるよ。」
「ふふ、店を安く買い叩いて新規出店と話していましたが、そういう事だったのですね。
自前で建てるよりコストを抑えられると。」
「本間さん、これから出店を考えている店は、その事情を分かっているのですか?」
「どうかな、苗川の店は不足気味で、どこも繁盛している、そちらに目が行きがちだと思う。」
「それなら既存店は時給を上げても大丈夫なのでは有りませんか?」
「悩んでいると思うよ、一度上げた時給は下げにくいからね。」
「清香、給料が高くても店は問題なく回っているの?」
「日本人は給料に見合った仕事をしようとします。
自分の時給を維持するために、どれだけの売り上げが必要か、その為に何をすれば良いのか、乾社長はその辺りの社員教育を怠っていません。
普通に募集すればすぐに応募が有りますので、人手が足りなくて店員がきつい思いをする事もないです。」
「時給の水準が上がって、周りの店から恨まれてるとかは?」
「地元の店は、苗川大改造に伴う売り上げアップに合わせて給料を上げています、それを出来ない所は、自由競争の原理で淘汰されて行くでしょう。」
「愛華さん、無くてはならない店って意外と少ないのですよ、無くなると若干不便になるというのは有ってもね。
その辺りの不便解消は苗川の党員達も考えていて、大手とは違ったサービス形態のコンビニを乾社長と検討しているんだ。」
「全国展開のチェーン店がどうなろうと、苗川に本社を置く企業が伸びてくれれば良いのですね。」
「まあな、サービス業に関して時給の高いエリアが成立しつつ有る事の意味は大きいと思うんだ。
経済を考えたら、私は少しずつインフレが進むのが健全だと思っている、だがそうなって来なかった、価格破壊をする業者もいたからね。」
「はい、目先の利益を追求することで業界を疲弊させたと理解しています。」
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或る日の-03 [シトワイヤン-15]

或る日の夜、食事を終えて。

「地球市民党、個人参加者の国籍は三十を超えたみたいね。」
「国境を越えて研究者が研究者を紹介しているのだろ、このまま推薦だけで広げて行くのか、別の参加方法も設けるのか、微妙だよな。」
「今は地球市民党の理念を理解して協力して下さる方を党員に推薦して頂く、国家を超えていますので無難だと考えている人が多いです。
ただ、一部の国際的な学会では党員になる事が権威の象徴になりかけているとの話を耳にしました。」
「あくまでも同じ理念に賛同した人の集まりだが、考えの幅が狭くなり過ぎるのは良くないよな。」
「推薦者を必要としない、自薦の人を審査して行く体制を作りますか?」
「審査基準が難しそうね、今まで通り党員審査を厳しくしない代わりに、党員として相応しくない行動を取ったら党籍剥奪みたいなルールの方が良いかも、問題は新たな党員の受け入れ態勢かしら。」
「後から入党した人を邪険に扱う人がいたら、党籍停止とか党籍剥奪とすべきです、地球市民党の党員と言えど心の狭い人や私利私欲を考える人が出て来ないとは言い切れません。
地球市民党、党発起人会として声明を出しても良いのでは有りませんか?」
「そうね、それがどう受け止められるのかも見ておきたいわ、善意の人によって運営されてる筈だけど人の心は…、文案、作ってみるわね。」
「シンプルな提案と丁寧な説明、愛華の文は分かり易いです。」
「だよな、ただ、たまに思うのは読んでる人達が、書き手の意図と違う受け止め方をしている可能性、イギリスとアメリカは英語を使っているが違いが有る、ましてや母国語として使ってない人達はどうなんだろう。」
「日本に於ける日本語だって読解力の無い人が存在するでしょ。
英語の一般的な単語でも、一つのグループ内だけでスラングの様に使われていたら、その単語に対する認識は他とは違ったものになりかねないのよ、訛りの問題も有るしね。
同じ文章を目にしても、和馬の言う以上に受け止め方は千差万別だと思うわ、それぞれの経験が千差万別なのだから。
それでも文章で説明するしかないというのが、国際交流の難しさね。」
「通訳や翻訳家の資質も問題です、私達の本は海外でも売れていますが、どこでどう間違ったのか…。」
「日本の週刊誌がいい加減なでっち上げ記事を掲載するのと同レベルのマスコミが海外にも存在するという事だろ。」
「そうね、地球市民党が拡大して、党発起人会が党員にどの程度誤解されているのか確認しておきましょう、それを意識した声明文にするわ。」

愛華がまとめた地球市民党党員に向けての声明に対し、党内で先輩風を吹かせていた人達は重く受け止め、反省、党内システムを見直し始めた。
色々な誤解から俺達は地球市民党に於いて大きな存在となりつつ有ることが確認出来たとも言える。
だが、それを党のスタートに係わった連中は気にも留めていない。
民主的な組織に於いては否定されるべき存在なのだが、正義の絶対的存在は組織を強固なものにし、面倒な手続きを跳ばせる唯一の存在だというのが、彼らの言い分で、まあ、俺達は信頼されているのだ。
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