モデル地区プロジェクトの統括リーダー広田幸三は中田工業に就職していた。

「中田社長、プロジェクトリーダーを継続しながら働けば良いという事で就職させて頂き、二週間の桜根本社研修を受けて来ましたが…。」
「はは、不安かな、元々君には工場で働いて貰おうとは思ってないからね、現場を知っておいて欲しいから工場研修をして貰ってるけど。」
「何か自分が役立たずって思えて…。」
「気にするな、社員だって君の実績を分かってるからね、君には現場と違う視点から全体を見て欲しいんだ、うちは桜根のシンボル的存在にして貰ったおかげで、事業を拡大しつつグループ企業にも貢献させて頂いてる、当初は予想もしていなかった工場施設の改良、開発にも携わる様になったからね。
でも、うちに集まって来るのは技術屋だ、それを経営サイドがきちんと支えて行かないと、この先が見えなくなる、そこを君に任せたいのさ。」
「あっ、そうでした、ちょっと緊張の続く日々が続いて弱気になってました。」
「本社研修はきつかったのか?」
「いえ…、きついというより、他の研修生の能力の高さに圧倒されていまして…、歳も同じ女の子が桜根副社長候補だとか、支社長目指してますとか。」
「そんな連中と競わなくて良いよ、幸三はここでがんばってくれれば良いからな、ここで君の才能を生かしてくれたら、彼らに負けない成果をって、もう結果を出してるじゃないか、自信を持てよ。」
「はい、有難う御座います。」

「社長、桜根本社松野さまより電話が入っています。」
「分かった。」

「幸三くん仕事はどう?」
「どうと言われても、工場研修は分からない事ばかりだからね、理子は?」
「少しずつ覚えてる最中、でも幸三くんが本社研修に行ってる間にずいぶん慣れたわ。」
「そうか、昼休み終わったけど、どうすれば良いのかな? 今日の工場研修は午前中だけだと聞いたけど。」
「午後は社長次第だから、電話が終わるまで待っててね。」
「ああ。」

「理子、今日の午後の予定は特になかったよな。」
「はい、特別な予定は入っていません。」
「じゃあ、幸三と出かけて来る。」
「どちらへ?」
「守山区方面の工場を回ってくるよ、しかし噂には聞いていたが松野里香って子はすごいな。」
「ええ、彼女は本社の副社長候補としてすでに十件の案件を抱えていますから。」
「いや、十一件だそうだ、そこを私の視点でも見て欲しいという依頼でね、たまたま今日は予定が空いてるって話したら、ではお願いしますと即答だった、今日全部という訳にはいかないだろうけどな、途中で落ち合うから、幸三は運転頼む。」
「はい、えっとスマートキーは…、社長、社内で理子さんを呼ぶ時は、中田さんと呼べば良いですか?」
「いや、理子で構わんよ、中田さんでは紛らわしいし。」
「はい、理子、社長のお車のスマートキーはどこ?」
「はいどうぞ、広田さん。」
「う~ん、なんか微妙だな。」
「その内慣れるさ。」
「では社長しばらくお待ち下さい。」
「おお。」

「社長、工場は彼の専門外ですけど大丈夫ですか?」
「まあ今日一緒に行動すれば何か見えて来るだろう、それより留守番は大丈夫か?」
「たぶん大丈夫、いざとなったら母さんを呼ぶわ。」
「じゃあ行ってくるよ。」
「いってらっしゃいませ。」