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08 誕生 [KING-01]

 一花の出産準備は皆が協力してくれた。
 マリアが用意してくれたデータベースの資料を熟読し役割分担を決め、一花が少しでも安心して出産出来る様にと。
 出産を経験した記憶や出産に立ち会った記憶を持つ者はいない。
 誰しもが初めての経験なだけに皆真剣。
 一花の後に麗子や八重、三之助と出産が続く予定が有り、その次に自分の出産をイメージしている女性達は尚更だ。
 それでも、私達が初めて迎える新しい命のことは、私が言うまでもなく、このコミュニティー全員の子なのだと誰しもが思っている様で、僅かに蘇る記憶を出し合い、産着や揺りかご作りに励む皆の表情は一様に明るく、その作業は楽しいものとなっていた。

 そして…。
 優しい仲間に見守られ一花は出産した、元気な男の子だ。

 全員が新しい命を喜んだ。
 記憶に穴の有る状態で、それぞれ不安が残る中、明日への希望だと語る者も。
 その日から、赤ん坊を見に来る事を日課にした者は多い。
 赤ん坊には私達を勇気づける特別な力が備わっているとすら思う。

 一日の作業を終えた後は…。

「ほんとに可愛いな、俺達の希望の星だ。」
「あ~ん、私にも抱っこさせて。」
「私の子はこの子の弟か妹になるのね。」
「どうだ麗子、体の調子は。」
「問題無いわ、一花のお蔭で私達は少し安心出来たしね。
一花から色々教えて貰えてさ、データベースの資料は確かに参考になるけど、実体験に勝るものは無いでしょ。」
「一花はホントに安産で良かったよ、俺達の落ち着かない時間が短く済んで助かった。
 麗子も安産なら良いのだが、不安はないのか?」
「ここに来てから病気らしい病気は全くしていないでしょ…、根拠は無いのだけど大丈夫な気がするの。」
「はは、女の感って奴か?」
「まあ、そんな所ね。」
「う~ん、我々の管理者は明らかに脳に対して何かをした訳だが、肉体に対しても何かしらの処置を施していると思わないか。」
「ああ、してるだろうな、九兵衛と武蔵の老け方は異常だろ。」
「朧げな記憶から思うに、病人はそれなりに出てもおかしくないのだが…、彼らは病気ではなく老化であり、怪我人は出たが自然に治る程度の軽傷のみだった…。
実はその治り方に違和感を感じているのだが、抜け落ちた記憶と関係するのか良く分からないんだ。」
「言われてみると確かに引っ掛かるわ、でも私達はこの子が健やかに成長してくれる事を願うのみよね。」
「だな、それでセブン、名前はどうするんだ?」
「なあ三郎、苗字の概念は記憶に残っているか?」
「ああ、ここでは必要なかったので気にしていなかったが。」
「俺達は本名という奴を苗字付きで考え始めてるんだ、セブンはニックネームという事にしてね。
 この子の名前と一緒に俺の名も、一花という名前は気に入ってるからそのままだけど。」
「あ、良いわね、ねえキング、私達もどうかしら。」
「苗字か、そうだな…、どうせなら私達四組が何かしら関連する、例えば東西南北を苗字に入れてとかどうだろう。」
「うん、面白いね。」
「そうね、でも簡単には思い浮かばないわ。」
「どうだろう、これを機に戸籍も作らないか。」
「良いけど私達は年齢不詳だし、今が何年なのかも分からないのよね。」
「太陽も月も、記憶の片隅に残る物とは随分違うしな。」
「となると、どこかを基準にして自分達の暦を作る事になるが。」
「私達がこの島に八人揃って暮らし始めてから、今日で五百二十三日目だけど。」
「三之助は記録してたのか?」
「ええ、日記を付けてるから、その流れでね。」
「へ~、じゃあこの島に八人が揃った日を基準にするとして、週や月は? 
 一週間は七日か?」
「一週間は七日、一月は四週間、一年は十二か月でどうだ。」
「そうすると一年は三百三十六日になるけど。」
「俺達の寿命は分からないが、形の上では記憶に残る暦より少し長生き出来るという事だな。」
「はは、まあ分かり易くて良いんじゃないか、将来子ども達から、どうして二月だけ短いのと聞かれたら返答に困るだろ。」
「じゃあ、日記を元にそこから計算して、今までの事、何時ゲートが開いたとか表にしてみるわね。
 カレンダーを作れば、作業予定表をもう少し分かり易く出来ると思うわ。」
「あっ、どうして今まで気付かなかったのかしら、カレンダーという言葉を聞いて何の違和感もないのに今まで意識してなかった、これまでだって有れば便利だった筈なのに思いもしなかったわ。」
「そうよね、私達の記憶って不思議だわ、何かのきっかけで蘇る、私もずっと、ここへ来てから何日目だって記録してたのに暦の話題が出るまでカレンダーの事忘れてた、時計は普通に使ってたのにね。」
「俺達は少しづつ記憶の隙間から、なくした物を取り戻しているという事なのかな。」
「すべての記憶を取り戻すのは怖い気もするけど。」

 生活が安定している今、無くした記憶が改めて私たちにとって問題となっている。
 私達はいったいどこから来た何者なのだろうか。
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