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01 難民 [KING-03]

 新たな隣人達は、彼等の国に残っている八人を居住コロニーに閉じ込めたまま、十五人の大人と二十人の子どもが難民として城下町で暮らし始める。
 彼らの住まいは子ども達のお泊り保育用に建てられた家。
 城でも良かったのだがマリアは、それを許さなかった。
 避難して来た人の一部は、昼の間だけ畑仕事をしに自国へ戻っているが、その手伝いにと同行した者は、我々にとって魅力に乏しい国土だと話す。
 国のメインエリアに有る四軒の家はひどく荒らされ住める状況には無く彼らが落ち着くまで放置することにした。

「麗子、食事は彼等の口に合ってるのか?」
「分からないわ、あの人達がかつて口にしていた味付けが分からないもの。」
「ふふ、大きな声では言えないけど、おいしすぎて怖いそうよ、背徳の味覚なのかも、皆さんにとってはね。」
「えっ。」
「日本食よ、彼等にとって因縁の有る西洋の食事でなく、材料に乏しい自国で食べ飽きた食事でもないでしょ。」
「そうか…、よし、日本食マニアを増やそう。」
「はは、麗子は腕が鳴るのだな、でも、そろそろ自炊の環境も整えてあげないと。」
「食材とかの相談はしてるのよ、でも今は蘇って来る記憶の整理に追われている段階で余裕が無いみたいなの。」
「そうだったな、しばらくは見守るしかないのか。
 まあ、英語を知らない人ばかりだから、英語を耳にしても問題はない、ゆっくり過去と向き合う時間を作ってあげられるね。」
「この平和で豊かな社会を見て、何が真実なのか分からないって人もいるのよ、この世界でのスタートやその後の展開も基本は自分達と同じだったと知ってね。」
「国民性の違いとかリーダーの力量とかに差が有ったのだな。
 彼らの子ども達はどうしてる?」
「三歳以上の十人は一年生が相手をしてくれてるわ、翻訳機は向こうから持ってきた内の二台を子ども専用に、うちの子達は私達が何を期待してるのか理解していて先方の子達の不安を和らげているわよ。」
「初めての言語に対する反応はどうなんだ?」
「もちろん好奇心の塊だから、四人で分析を始めている、私達が思っていた以上に天才かもしれないわね。」
「キング、残る八人はどうする?」
「記憶の蘇りが落ち着くまではだめかもしれないが、モハメドを手伝ってみようと思う、ヨーロッパとは関係のない第三者だから説得し易いだろう。」
「確かにキングが適任かもしれないな。」

 その翌日からリーダーのモハメドに同行、テレビ電話を通して一人ずつ話を聞く。
 三日目には八人全員とモハメド抜きで個別に直接会い話をした。
 翻訳機が有るとは言え、その表情から判断できることも有る。

「キング、彼等はどう? 少しは落ち着いたの?」
「ああ、問題点も整理されつつ有る。
 彼等は母国が受けた大きな攻撃を欧米諸国によるものだと信じているのだが、当時経済制裁を受けていたそうで、簡単には否定出来ない。
 もう一つは攻撃を受けた後の混乱の中で、モハメドのグループと対立し殺し合っていた人達は、今更モハメドの下という立場は耐え難いということだ。
 だが、私の話は聞いてくれているので、モハメド抜きで一人ずつ和の国へ招待して行こうと思う。」
「危険は無さそうか?」
「ああ、麗子からの差し入れを気に入ったそうで、レストランへ招待すると話したら一様に嬉しそうだった。
 個別に会ったのに反応は皆同じだったよ。」

 和の国に一人ずつ招待された彼らの反応も全員が同じ。
 彼らの中にはモハメドをトラップで殺そうとした人物もいたが、和の国を見てすっかり変わったのは、城の子と遊ぶ我が子の姿を見たからかも知れない。
 全員が私の指示に従うと約束してくれた。
 それからは人に危害を加えないと誓い、避難していた人達と共に三つのグループに分かれ話し合いの場を持つ。

「どう、彼らは何かしらの結論を出せたの、ロック?」
「ああ、私が見守ったグループは、キングに忠誠を誓うから和の国の一員にして欲しいと。
 過去の宗教を忘れて新しくやり直したい、それが子ども達にとって一番良い事だともね。
 大人も子どもも優しく接してくれる和の国の一員になれるので有れば、きつい仕事でも率先して引き受けるからと。
 今の状態で、自分達が独立した国家を形成して行くのは難しいし、他の五か国と馴染むには時間が必要だが、和の国の人となら何の問題も感じられないと話してくれたよ、グループ八人の総意としてね。」
「そうか…、セブンが見守ったグループはどうだ?」
「人数が減り、リーダーがモハメドでは…、大人が二十三人にまで減った原因はモハメドに有ると話す人がいてね、ただ、モハメドのリーダーとして資質は兎も角、管理者との関係から大きな権限を持っている訳で、そこをキングにすがれないのかと聞かれたよ。
 モハメドは黙ったままだった。」
「キング、どうする?」
「そうだな、私が見ていたグループでは、過去の世界も、ここでの暮らしも嫌な事ばかりだったという女性が、和の国で優しくされて、もうモハメドの指示には従えないと話していた。
 モハメドがどう考えているのか確認した上でマリアと相談だ。」

 それから城のメンバーで彼らから個別に聞きとり調査をし、それらを踏まえてマリアと相談した。

「キング、どうだった?」
「何とか上手く行きそう、子どもを守った事が大きく評価されたそうで、マリアは和の国に於ける新たな人間関係という視点で研究を進めるみたいだ。」
「彼らの国はどうなる?」
「和の国に併合する。」
「だとすると、あの国の農地を…、生産体制の見直しか…。」
「いや、あのエリアは消滅する、もう農地を放棄して構わない。」
「そうか、まあ無くても食料に困る事はないな、では彼らの住居は?」
「今有るコロニーを三つに作り替え、九丁目、十丁目、十一丁目とする。」
「そ、そういう事が可能なのか…。」
「ただ、一旦、今のコロニーへグループを再編した状態で戻って貰い、今のは様々な作業が済んでからの話だ。」
「マリアさまも準備に時間が掛かるのだろうな。」
「いや、マリアの力なら直ぐにでも可能なのだが、試したい事が有るそうだ。」
「我々が試されるのか?」
「そういう感覚では無いのだが…、憶測だけで話すのは控えたいので、マリアからの話を待って欲しい。」
「ふふ、キングは前向きな憶測をしているのね。
 では、それを楽しみにして、どうなって行くのか待ちましょう。」
「う~ん、麗子がそう言うのであれば…、キングを追求する事は控えるよ。」

 和の国に関して大きな改造が示されたが、物理的な変更の前に、全く異なる文化を持つ二つの民族が一つの国家を形成するという問題が有る。
 だが、かつての北海道と沖縄では言語も生活習慣も違った、とは三之助の言葉、彼女がバランスを重視しつつ両者の間に入って調整してくれた。
 状況を考えれば、和の国の日本人が優位に立つであろう事でも、新たな国民の立場を尊重し極力平等になるよう働きかける。
 国民達は、互いに戸惑いは有りつつも、両者の壁と向き合う。
 だが、子ども達の壁は高くなかった。

「子どもはやはり柔軟だな。」
「柔軟どころでは無いわ、アラビア語で話しながら、日本語教師の役割を始めているのでしょ。」
「ああ、それで小学校の体制を考え直すことになった、今後は城の子と他の子を分けて考え、二つの小学校みたいな形にする。
 これまで調べて来た結果、各国の子達も能力が低い訳では無いのだが、城の子とは理解力などに大きな差が有る。
 一年生たちが弟や妹に教えてることも有り、この先その差が広がると推測されているのだ。」
「でしょうね、お姉ちゃんに教えて貰ったとか言って、私が高校で学習した様な事も知っているし、随分前から頭を使うゲームで真剣に勝とうとしても勝てたためしがないのよ。
 二歳児になら勝てるなんて、恥ずかしながら思っていたら、上の子達がコツを教えてしまってね…。
 ほとんど運任せのゲームでも、何故か勝てないし。」
「運の部分も計算してるのだろうな。
 それで、子ども達が新しい言葉を教え始めたのは知ってるか?」
「ええ、各国の子達にでしょ。」
「今はまだ原始的な言語だが共通語にするそうだ。」
「きっかけは何か有ったの?」
「そりゃあ同じ物に七通りの呼び方が有っては不便極まりないだろう、翻訳機の数には限りが有るからな、で、どうしてキャベツの事をキャベツって呼ぶのか訊かれたから、昔の人がそう呼び始めたからだと話したのさ、そしたら自分達で勝手に決めても良いよねって。
それから四人で相談して共通語を作り始めた訳だ。」
「私達も覚えるべきかしら。」
「今なら簡単だよ、文法がシンプルだからな、徐々に単語が増えて行くから、言語として完成するのは先の事だろう、今は試作の段階で、試しながら単語を変更するかもしれないってさ。」
「それに対してマリアが関心を示していてな、四人の子と話したいそうだ。」
「えっ、キング以外今まで誰とも話してないマリアさまが、う~ん、四人をキングの後継者と考えているのかな。」
「学校はしばらく休ませて良いだろうか。」
「教える方が追いつかないペースで学習が進んでるから好都合なぐらいだ。」
「私が子ども達に付き添う、担当している業務から外れたいと思うがフォローしてくれるか。」
「了解だ、キングは雑用なんて気にしなくて良いよ。
 新たな国民達も慣れて来て大きな問題は無いからね。」
「では、明日九時から城の六階、一番東の部屋に集合と伝えて欲しい。」
「食事は?」
「運んで貰う事になるかもしれない、その時は連絡する。」
「わかったわ。」

 マリアが子ども達と話すというのは大事件だ。
 今、管理者と話せるのは六人のリーダーのみ、モハメドの管理者は併合が確定して以来、現れなくなっている。
 他の国の管理者も現れる回数が極端に減ったと聞くが、マリアだけは頻繁に私と会話している。
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05-錨を上げて [このブログのこと-02]

「昨日と同年代というだけの繋がりで『シトワイヤン-03』村長-10で触れたのも紹介させてさせて貰うよ。」



「あれっ? トムとジェリーのジェリー?」
「ああ、『錨を上げて』という映画の一部分なのだけど、第二次世界大戦で日本が空襲され酷い状況にあった頃制作されたものなんだ。」
「トムとジェリーってすごく昔からあったんだ。」
「1940年頃から制作されていて、この錨を上げては1945年公開となっているよ。
アニメーションという凄く手間の掛かる娯楽作品を戦時下に制作していた事を考えると、日本はアメリカに勝てなかった訳だと改めて思うね。」
「手間?」
「ああ、アニメ制作に携わる人が大変な思いをして来たという話は聞いたことないかな?」
「大変なんだ。」
「地味な作業の繰り返しで時給が安く長時間とか。
最近はパソコンを利用して昔ほどでは無くなったそうだが。
テレビアニメだと所々楽をして経費を浮かせていたりするのだが、トムとジェリーではそういった手法を使って無かったと、子どもの頃の記憶では無かったと思う。」
「安上りとかアニメ見てて分かるの?」
「簡単さ、一枚の絵を描き、カメラを動かして撮影する手法、時間当たりの制作コストはかなり違うと思うよ。」
「良く見る訳でも無いから、そんなの全然気にしてなかったわ。」
「そっか、まあ、暇つぶしにさえならないのも少なくないし、高校生の君に進めたくなるのはないから、うん、亜紀は見なくて良いよ。」
「そういう結論?」
「まあ、アニメーションの仕組みを知ると、制作が大変だったことが分かる。
因みに君が目にしたトムとジェリーは、オーケストラによる表現にも凄く手間を掛けていたんだ。」
「演奏か…、あっ、そう言われてみれば、動きと楽器の演奏、音楽が…、もしかしてトムとジェリーって凄い作品だったのかしら。」
「ああ、だから長い間、人々に親しまれているのだと思うね。」
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04-蘇州夜曲 [このブログのこと-02]

「亜紀、キングをKINGとしてリメークする中で言語に関する部分があってね。」
「はは、幼い子達が多言語を話すって、現実的じゃないのよね。」
「現実的な話を書いてたら楽しくないだろ、でさ、Jackie Evanchoみたいに、ここのお話の中で、音源なしで取り上げた曲を思い出してね、今回は古い曲を一曲、改めて紹介させて貰うよ。」



「ホントに古そうね、子どもの頃に聴いてたの?」
「いやいや、私の生まれるずっと前の作品で、大人になるまで知らなかった。
この『蘇州夜曲』は1940年に発表された映画『支那の夜』の劇中歌として誕生、まあ、枝をへし折るシーンや喫煙場面には馴染めないが、今時の歌とは違った良さが有ると感じていてね。
作詞の西條八十も作曲の服部良一も数多くの楽曲を世に送り出した人なんだ。」
「もしかして、昔のJポップ?」
「はは、まあそんなとこ、君のお婆さんが若かりし頃に歌っていたかもな。
高校生の君がどう感じるのか分からないが、綺麗な日本語だと思ってね。」
「そうね、もう一度じっくり聴いてみるわ。」
「で、歌ってる人の人生が、またドラマちっくでね、実際にドラマ化もされたみたいなのだけど。」
「へ~、どんな感じだったの。」
「中国で生まれた日本人なのだけど、中国人として映画や歌で活躍、終戦時に一波乱有ってから、香港やアメリカでも活躍、結婚を機に芸能活動をやめたのだけど、テレビ番組の司会者として復帰、その後、十八年間ほど参議院議員を務めたんだ。」
「えっ、どういう事?」
「李香蘭か山口淑子で検索すれば色々出て来るよ。」
「うん、調べてみる。」
「因みに蘇州夜曲は事情が有って渡辺はま子という人の持ち歌でも有る。
それと若い人達が結構カバーをしてるんだ。」
「う~ん、聴いたことないな~。」
「その多くを聴いた訳では無いのだがね。」
「?」
「ある歌手は、『水の蘇州』という歌詞を『伊豆の蘇州』と歌ってて、蘇州は伊豆には無いだろうと突っ込まさせて頂いたのだが、その人、クラシックの曲に日本語の歌詞を付けて歌ったりしていてね。」
「そういうのって有るよね。」
「その曲の作曲者はアレンジは行わないことを強く望んでいたのだが、それを無視してね。
その曲、出だしこそ名曲を上手くアレンジしたと思うのだが、後は日本語を無理やり曲に当てはめていてね、まあ、君たちの世代は何とも思わないのだろうが。」
「不満なの?」
「作曲者対して失礼だし、日本語を大切にしていない、だから水の蘇州を伊豆の蘇州と平気で歌えるのだろうと思ってしまったんだ。」
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10 新たな隣人 [KING-02]

 新しい娯楽施設としての競馬場が城下町に完成した頃、私達の世界は新たな国を迎える事となる。

「なあキング、データを見ると今までの国と随分違うが、それについてマリアさまは何か話していたか?」
「ああ、私への告知からファーストコンタクトまで期間を置いてくれたのは、その違いが故とのことだ。」
「一応気を遣って下さった訳か、しかしだな、大人が三十一人子どもが二十人、三十三人も死亡している国って国民性に問題が有るのかリーダーに問題が有ったのか、二丁目みたいなブラックコロニーが強すぎたのか、今までの国と同じ様には行かないかもな。」
「アラビア語という事は記憶が蘇った後、他国と宗教上のトラブルが予想されるわね、今までとは違った意味で和の国がコンタクトを取った方が良さそうだわ、他の国が担当したら記憶プロテクトの解除が始まった瞬間からトラブルになる可能性が有るでしょ。」
「国土が狭く、この生産量では、人数が少なくても余裕が有るとは思えない、それが精神面に影響している可能性が有るね。
 我々からの支援物資が罰を理由に充分届いてないかも知れないし。」
「初めて会う時に食料を渡せたら渡しましょうか。」
「そうだな、ただ、食生活が違うだろうから向こうでも生産している作物にしておこうか。」

 国連の会議でも慎重にという話ばかり。
 英語問題とは関係なく歴史的観点から和の国が適任だとなり、まずは我々八人で様子を見る事に決まった。

 ファーストコンタクト。
 挨拶の後、お互いの国情を説明し合う。
 記憶のプロテクトが外れるという話は向こうも管理者から聞かされていて、どんな記憶が蘇るか教えて欲しいと言われたが、それは出来ないと断った。
 実際問題、我々と同じなのかどうかも分からず説明しづらい。
 我々最大の関心事、死者の多さについては、一つのコロニーが不満を爆発させ殺人に及んだとの事。
 そのコロニーの大人は全員亡くなり、残された子どもは皆で面倒見ているという。
 初対面の場で食料の支援をするという申し出には喜んでくれ、最後にリーダー格三人を翌日招待するという事を決めてテレビ電話による会談を終えた。
 今回、初顔合わせまでに時間を取ったのはファーストコンタクトの結果を話し合う時間を取るためだったが、結局は対面してみないと何も掴めないという結論に至る。

 翌日、緊張の対面、だが、スオミなどとの時と変わらず、しばらくはモニター越しに定時連絡を取り合う事などを確認し、彼らが少し表情をこわばらせ始めたのに合わせて見送る、という流れは無事に済んだ。
 拍子抜けするぐらい簡単に。

「ちょっと心配し過ぎだったのかしら。」
「安心するのはまだ早いと思う、問題はこれからだろ。」
「そうよね、彼等が記憶を蘇らせ、戸惑う中で今後の話をして行く、今までの五カ国とは基本条件が違い過ぎるから、今まで私達が経験して来なかったトラブルが起こるかも知れない、油断は禁物だわ。」
「キング、担当者はどうするの?」
「なあ…、あの国の大人は三十一人じゃなかったか?」
「ええ。」
「データ画面を見てみろ、三十人に…、減った。」
「このタイミングで一人死んだってか?」
「彼等に蘇りつつ有る記憶が人の死に繋がるって事?」
「向こうのリーダーとの連絡は?」
「コールしてみるよ。」
「予測していた宗派の違いによる対立だと厳しいかも、しかし死者が出るとはな…。」
「セブン、対面時にガードをお願いしていたメンバーを念の為、ゲート前に集め直してくれるか。」
「了解。」
「ロック、向こうから避難してくる可能性が有る、受け入れ準備を頼む。」
「分かった、別で人を集めるよ。」
「あっ、大人が二十九人になったわ。」
「三之助、他の国へ緊急連絡、状況を説明して応援を要請してくれるか。」
「ええ、すぐに。」
「キング、向こうのリーダーが出たわよ。」

 彼の国のリーダーは顔をこわばらせながら、過去に対立していた三つのグループメンバーが殺し合いを始めたと、そして子ども達だけでもゲートを通してくれないかと話した。
 それに対して、リーダーを含め殺し合いに参加する意思の無い者全員を受け入れると伝え、ゲートの操作を始める。
 向こう側は全開放にし、こちらで受け入れ制限を調整する、子ども全員を通行可にした後、大人に関してはリーダーの指示に沿って名簿から選択して行く。
 後は待つしかない。

 ゲートから最初に現れたのは、片手で乳飲み子を抱え、子どもの手を引いた女性。
 八重が翻訳機を使って声を掛ける。
 その後、何人か駆け込んで来たが、次々にとは行かず気を揉んだ。
 避難は大変だったという。
 子どもでさえも容赦なく襲おうとした者がいたそうだ。
 半端に蘇って来る記憶に苛立ってもいたのだろう、暴力的な連中に見つからない様にゲートへ向かう途中捕まった者もいたそうだ。
 リーダーがゲートから現れ、結果十三人の子どもと十二人の大人が和の国へ逃れる事に成功した。
 怪我人が出たが、命に係わる程ではない。

「データ上子どもの人数は変わってないから、残ってる子ども達はまだ無事みたいね、大人は二十三人に減ったわ。」
「そこまで憎しみ合ってた人達がここで同じ国になったのは…。」
「管理者は対立を知らずに同じ人種だと判断したのでしょうね。」
「向こうに残ってる大人の内、特権階級ではない八人は、十八時になったら自分のコロニーに強制送還されて罰を受ける事になるのよね。」
「その前に自分で戻るだろう、だがこちらに来た大人達はどうなる?」
「今、十七時十八分か…。」
「時間がないな、すぐにマリアと相談してみるよ。」

 マリアとは他の国民のいる所では会話出来ない。
 自室に戻り呼び出して相談。
 七人の子ども達はこちらに転送してくれる事になり、こちらに避難した全員が罰を受ける事無く滞在する事を特例として認めてくれた。
 皆の所へ戻ると、子ども達はすでに転送されて来ていて抱きしめ合う姿が。
 問題は向こうに残っている十一人の大人達だ。

「キングどうする?」
「檻を利用しよう、ロック、ゲート前に檻を設置出来るか?」
「ああ、牛用のを持って来るよ。」
「人を殺したらすぐに死ぬという事だから、この十一人はまだ人を殺していないし、殺せば死ぬと分っていると思う。
 向こう側のゲート設定は開放状態にして有るそうだから、こちらの操作だけで調整出来る。
 まあ、彼等の言い分を聞こうじゃないか、もちろん檻の用意が済んでからね。
 一花、難民の皆さんは空いてる住宅へ、麗子は食事の手配を頼む。
 おっと、こちらに来た大人達が殺し合う事はないだろうな?」
「それは大丈夫だ、念の為三つのグループに分かれて貰ってガードを付けた、プロテクトが外れ始めたばかりで戸惑っている様だが、大人しくはしている。
 女性達は泣くばかり、男性達からは三之助が三丁目の連中にガードされながら、聞き取りを始めているよ。」
「セブン、他国からの応援は?」
「もう直ぐやって来る、檻を設置する話はしてあるよ。」
「その後、人数に変化は?」
「大人二十三人から変わらないわ、自分のコロニーに戻ったのかもね。

 ゲート前に檻を設置した後、ゲートを開放し石を投げ込んだ。
 その合図に対し三人が檻に入って来た。
 各国からの応援も含め大勢に取り囲まれ困惑の表情。

「君達はこの世界でどうしたい、殺し合って死にたいのか?」
『い、いや、俺達は殺し合いの場から逃げた。』
「この檻の意味は分かっているのか?」
『ああ、こんな狭い世界で殺し合ってる連中と同類だと思われても仕方のない状況だからな。』
「子どもは?」
『消えてしまった、だからもう何の希望もない。』
「子どもが生きていたら、子どもの為に過去を忘れて働けるか?」
『過去のろくでもない記憶なんていらなかったよ。』
「分かった、今日はここで子と過ごせ。」

 子どもと再会し食事を振る舞われた男達から危険を感じる事はなかった。
 元々、城の住人同様特権階級の三人、かつては対立していたが、この世界では協力していたと、蘇る記憶と向き合いながら、少しずつ話してくれた。
 彼らの記憶は急激に蘇った訳では無い、ただ偶然対立していた記憶が…。
 運が無かったと言えるのは、かつて、まさしく互いに食料を奪い合い殺し合っていた三グループが、それと知らずに一つの国家を形成していたという事だ。
 プロテクト解除に伴う不安定な精神状態でそれを思い出した結果、八人の死者が出た。
 当面の問題は向こうに残る八人。

「残ってる連中はもう全員居住コロニーに戻ってる筈だから、向こうのリーダーとコロニーゲートの設定を変更しに行く。」
「向こうの管理者は動いてくれないのか?」
「マリアは本来静観すべき所を特別にと話していた。
 管理者としては殺し合った所で研究的に構わないのだろう。」
「冷たいのだな、なあ、キング、向こうへ足を踏み入れて危険はないのか?」
「大丈夫だろう、直接会う訳ではない、今から行くエリアに人は残っていないからな。」
「そうか、だが念のためにガードとしてついて行くよ。」

 他のガード役を含め六人でゲートをくぐる。
 夕日に照らされる風景は随分殺風景で、食料が不足気味とのデータも納得出来る。
 残る住人は全員居住コロニーに戻った様で静かだ。
 リーダーの家までは三分と掛からなかった。
 家主がドアを開けようとした瞬間、ガード役として来てくれたスコットランドの元兵士が止める。

「待て、トラップの可能性を否定出来るか。
 残っているのは、リーダーと敵対していたグループなのだろ、トラップによる殺人の罰が仕掛けた人物に振り掛かるかどうかは分からない。」

 彼の判断は正しかった。
 彼が慎重にドアを開けると、吊るしてあった農具が落ちて来る。
 一旦和の国に戻り、彼の指示で道具を揃え十名のガード役と共に再びリーダーの家へ。
 三つの幼稚なトラップは難なく無力化され、当初の目的、残る八名を居住コロニーから出られない様ゲート設定を変更する事が出来た。
 こういった操作が出来る事は一般の国民が知る所ではないと思っていたら、この地のリーダーですら知らなかった。
 閉じ込められた事に気付きもしていない連中とは、リーダーがテレビ電話を通して連絡を取ったが良い結果は得られず、我々は、翌日以降の課題を残した状態で和の国へと戻った。
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09 教育 [KING-02]

 城下町の建設が進み、学校の他、食堂や居酒屋が完成する頃には、六カ国の国家間交流はさらに盛んになり、その結果、暮らしはより豊かなものとなっていた。
 ゲートの規制を緩め夜十一時まで他国の一般人も和の国に滞在できる様にしたことで、城は芸術活動の拠点となっている。
 城には絵画が飾られ、ホールでは所属する国に関係なくアーティスト達が時に感動を、時に笑いを与えてくれている。
 居酒屋ではスコッチウイスキーやボルドーのワインなど各国の酒を味わえるが、和の国で生産した日本酒や焼酎も好評。
 また、豚の管理は元々養豚業だったというスオミの人に、牛の管理はコペンハーゲンの人にと担当責任者を引き継いで貰えた。
 和の国には畜産関係の経験者がいなかったので、その手伝いをするにしても心身共に軽くなった。
 工業関係は各国の職人たちが管理者との交渉で手に入れていた工具を持ち寄り、元研究所の所長であるロックが調整、新たな製品開発を試みているが、その中に子ども向けのおもちゃを加えるだけの余裕が有り…。

「ロック、新作のおもちゃは複雑な動きをするのだな。」
「ああ、この動きを子ども達が理解しようと思ったら、それだけで大きな学習効果が有ると思わないか?」
「ふふ、からくり人形の仕組みに、城の子達は興味津々だったわよ。
 小さい子達とは違い、大きい子達は一つ一つの動きを生み出す仕掛けにもね。
 それが好奇心と理性の狭間でね…、ふふ、ロックが離れた後に分解するかどうか話し合っていたけど、小さい子達をがっかりさせたくないからと、分解しないという結論に達したの、少し残念そうだったけど。」
「はは、そいつは心強いな、すぐに分解用を提供させて貰うよ、担当しているスタッフも喜んでくれるだろう。」
「ねえキング、この先は子ども達次第だとマリアさまから言われているのでしょ。
 私達の素敵な子ども達のこと、彼女は評価してくれてるのかしら。」
「まだ、子ども達は社会集団の中での評価対象にはなっていない様だ。
 ただ、我々の六か国からなる共同体に関しては肯定的な評価…、マリア曰く、もっと争うと考えていたそうだ。」
「マリアさまは人類のして来た愚行をご存じなのね…。」

 私達の城を中心に世界が一つの共同体となっている。
 世界の規模は村と言ってもおかしくないレベルでは有るが、極めて好ましい状況で通貨を必要としないまま、共産主義の原点とも言える社会構造に。
 皆、真面目に働いていて貧富の差もない、二丁目の住人に規制は有るが、彼等は労働時間の短さと引き換えにそれを受け入れていた。
 他国もそれに倣い、位置づけを守るべき社会的弱者と考える様になりつつ在る。
 そういった事も含め、今は過去の社会体制を研究しつつ、今後の社会体制を話し合っているが、それには明確な答えを出せていない。
 子ども達の成長に伴って社会がどう変化して行くのか予測しにくいからだ。
 貧富の差が有り犯罪というものを当たり前の様に受け止めていた過去とは前提条件が違う。
 我々が子ども達の教育に成功し、私利私欲に走る者が現れず、皆が社会の中で自分の役割を真面目に担ってくれるので有れば、今のまま通貨を必要としない平和な社会が存続するとは思う。
 だが、最年長でさえ七歳という子ども達の様子から、それを判断するのは性急過ぎるだろう。

 教育の重要性はどの国のリーダーも真剣に考えていて、和の国で始まった学校教育には各国から教師としての参加が有った。
 小学校は城に住む私達の長子四人でスタート。
 城の近く、城下町のシンボルとなるよう設計された校舎で、午前九時に授業開始。
 午前中は算数や理科、国語、社会といった教科を六カ国の教育担当者が教師となって教えている。
 午後は動植物の観察と日替わりで各国の四歳から六歳の子達と遊ぶ。
 一か月もしない内に小学一年生達はこの流れに慣れた。

 和の国の教育担当はロック。

「ロック、うちの子達、今日はスオミの子と遊んだのでしょ、どうだったの?」
「向こうの九人全員、和の国のお姉さんお兄さんが大好きだから楽しそうだったよ。
今回は一昨日ミュンヘンの大人に教えて貰ったゲームを彼等に教えていた、やりながら四人で相談して皆が楽しめるルールに変えながらね、スオミの保育担当者が七歳児の発想ではないと驚いていたよ。」
「言葉は?」
「極力フィンランド語を使おうとしてた。」
「子ども達にとって六つの言語ってどうなのかな、各国の子ども達と同程度に使えているそうだけど。」
「うちの子は疑問に感じ始めているわ、多言語の理由は簡単に説明して有るのだけど…、和の国で六か国語が飛び交っているのは、どう考えても効率的ではないのよね。」
「子ども同士の多言語融合状態には変化が見られて、城の子達は相手国の言語で話そうとしている、相手によって六か国語を使い分ける形でね、以前の様に混ぜて使うことは無くなって来た。
 だが一方で、共通言語作りを遊びの延長として考え始めていて、国語の時間として用意した枠は言語学の時間と変化しつつ有り、各国の大人達とディスカッションしているよ。
 近い将来、子ども達が六つの言語を基礎に新たな共通言語を構築するかも知れないね。」
「共通言語の問題は子ども達に丸投げになるのかしら。」
「ああ、六か国語を話せるのは大人でも少ないからな。」
「他の教科はどうなんだ?」
「算数も理科も順調だよ、コペンハーゲンの教育担当と話したが、過去の記憶に残る七歳児よりかなり能力が高いという事で一致した、それだけに教育プログラムの構築は簡単ではないと思う。」
「無駄で無意味なカリキュラムは彼等の反発を受けるかもね、でも大人に対して反発し上を目指す心も必要なのかな。」
「過去の歴史をどう教えて行くかは決めたの?」
「ああ、何年に何が起きたかなんて無意味だし、別の世界の出来事でも有るから、架空のお話として教訓的にまとめようと考えている。」
「争いのないこの世界で争いを教える意味は有るのかしら。」
「小さな我儘による小さな喧嘩はしてる、大きな争いにならない様に知識として揉め事の解決方法を教えておく必要はあるだろう。」
「この国の始まりについてはどうするの?」
「神話でもでっち上げるよ、俺達が経験した戦争に関しては、どの国の連中も詳しくは分かっていない、攻撃された後の情報は全く伝わって来なくて、ラジオでさえすぐに沈黙してしまったからな。」
「この世界の事だって私達は理解出来てる訳でもないわ、多少の作り話でも用意しておかないと子ども達に説明出来ないのね。」
「ああ、そういうことだ。
 一年生に関して一つ不安なのは、彼等には身近なお手本としての先輩が存在しないという事、その事が心理的な歪を作りかねない、すでに子ども社会ではリーダー的立場になってしまっている彼等の意思が、この世界の子ども達に大きな影響を与えると思わないか。」
「それは否定できないわね、教育が成功するか失敗するか、四人の子ども達がどう成長するかに掛かっている、リーダーとしての教育を考える必要が有るのではないかしら。」
「そうだな、彼等はこの世界で特別な四人だ、各国の教育担当者とも、もう一度話し合ってみるよ。」

 リーダーの世襲という事は考えていなかった、だが能力の高さから私達の子がこの世界の次なるリーダーとなる可能性は高くなっている、早い段階でリーダー論をカリキュラムに加えるべきだろう。
 そんな事も有って、ロック達は学習プログラムに職業体験を加えた。

「子ども達のささやかなお手伝いに関して反響はどうかな?」
「私が耳にした範囲では概ね好意的に受け止められているわ、皆さんは私達の子が将来リーダーになるだろうと考えている、世襲じゃないとは話しているけど、彼等の子ども達がお兄ちゃんお姉ちゃんと慕ってるのを見れば自然な流れでしょう。」
「そんなリーダー候補達が汚れる仕事も体験してるのだからね、皆さん優しく教えて下さってるそうよ、子ども達も喜んでたわ。」
「大人全員と親しくさせるという当初の目的は達成できそうだな。」
「ああ、職業選択の自由と社会維持活動のバランスの問題も、成長に合わせて短時間の労働から責任を持たせて行けば大丈夫な気がしている、大人の導き方次第だろうが。」
「複数の仕事を掛け持ちという制度がプラスに作用すると思うわ、きつめの作業を短時間の当番制にしたことで職業というより国民の義務、子ども達も納得してくれるでしょう。」
「人の嫌がる仕事、特に動物の解体とか…、次世代にとって当たり前の作業になってくれれば良いのだが、このままずっとスオミやコペンハーゲンに頼りっぱなしとは行かないだろう。」
「我が国には未経験者しかいなかったから、慣れるのに時間が掛かった、というより未だに慣れないよ、逆に子どもの頃からきちんと見せて置く事で、自分達の食が他の生物の犠牲の上に成り立っている事を考える機会になると良いね。」
「子ども達に時間は有るわ、大人になるまでにこの世界のすべての仕事を体験して貰う事はきっとプラスになるでしょう、ここで生きて行くために必要な能力を身に付けさせておけば安心よね。」
「すでに食糧生産能力は将来を見越しても充分過ぎるレベルに達している、子ども達の為に住宅を建て始めているから暇すぎる人はいないけど、子ども達が成長する頃には多くの研究職を持てそうよね。」
「昔は、その人員が軍人に振り分けられていたのかな、研究職だけでなく芸術関係を目指す人が増えても良いと思う、何にしても軍隊を必要としない社会で有り続けて欲しいわね。」
「今の所、警察や消防がないけど必要にならないかしら。」
「警察はともかく建物は木造だから消防は考えるべきじゃないかな。」
「そうだな、専門家を作らずに皆で訓練ってどうだ、非常時に統率の取れた動きが出来るようなシステムが有れば…、そんなシステムが必要になる日が来ない事を願うが、所謂保険ってことで。」

 六か国共同で防火システムを検討し消火訓練を実施。
 一年生たちにも職業体験の一環として役割を与え、組織として動く重要性を教えた。
 この職業体験、子ども達にお手伝いさせることは今までも三丁目が熱心だったが、無理のない範囲で広がり始めている。
 一年生達が職業体験をしていると、他の子ども達も、お手伝いをしたがったのだ。
 遊びの延長の様なお手伝いからだが、教える大人達も楽しそう。
 マリア達のテクノロジーと作業の効率化が進んだ結果、どの作業にも余裕が有り子どもの相手をしながらでも差し障りはない、納期を気にする様な仕事は無いのだから。
 教育担当者達は、その光景を見て改めて何の為の教育か考えている。
 仕事に必要な知識、集団作業をする時の心構え、こういったことは、かつての学校教育の場では、蔑ろにされていたのではないだろうか。
 大人の手伝いをしながら学ぶ、これは教育の原点だ。
 大人達は作業を通して、一年生に自分の持っている知識を伝えようとしている。
 子ども達は好奇心の塊りなので、そんな大人の話を楽しそうに聴く、畑では光合成を教えられ、肥料の話、自然界の大きな循環に、目を輝かせて聞き入る。
 木工の場では、木目の話や木の種類によって性質が違うことなど…。
 知識は生きた学問として子ども達に届く。
 そして過去の学校教育に有った大きな無駄に気付かされる。
 ここでは大学入試を目的とした学習に、全く意味はないのだ。
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08 和の国 [KING-02]

 しばらく落ち着かない日々が続いている。
 スオミに続いて国名をミュンヘンとしたドイツの人達、同じくコペンハーゲンとしたデンマークの人達、ボルドーとしたフランスの人達との国交が立て続けに始まったからだ。

「ようやく予告が途切れたわね。」
「ここまでヨーロッパばかりだけど、他の地域はどうなのかしら。」
「管理者はなぜか八にこだわってるだろ、八人のコロニーが八つ集まって一つの国、という事はあと二か国の参加でこの世界は完成という事にならないか?」
「マリアはそれを否定しなかったが、違う出会いも有ると話していた。」
「意味深だな、でもまずは今の世界を安定させることを優先的に考えて行かないとね。」
「国連への参加に前向きな人達ばかりだから大丈夫でしょう。」
「でも、スコットランドから出た、英語を共通言語にとの発言には反発が強かったな、翻訳機が有るからと。」
「翻訳機の精度の高さは各国ともすでに把握してるからね。
 誰しも母国語を愛している、自分が理解できる言語で有っても他国の言語を特別なものにしたくはない、前の世界では英語を使っている国の力が強かったけど、ここではそれ程でもないのだからな。」
「でも携帯型翻訳機は数に限りが有るから…、一つの国に八台なのが現時点で唯一の問題かしら、国連内でのルールに関しては、小さな修正ぐらいで特に問題はなかったでしょ。」
「スコットランドと時間を掛けて検討して来た成果だな。」
「ねえ、国連の正式スタートに向けては何か儀式的な事をするの?」
「ルールを守りますって、指切りでもするか?」
「明日の会議で決定したいわね、えっと、プリントアウトしたルールブックの表紙に守る事を誓うと各リーダーが署名するって、どう?」
「六冊用意する訳だな、それぞれ六つの言語を併記して。」
「後になって解釈がどうとかならなきゃ良いけど。」
「早い内に国民レベルでの友好を深めておけば揉め事は回避出来ると思うよ、麗子はボルドーの人達とどう?」
「フランス語はかつてフランス料理を研究してた頃に少しかじっていてね、ふふ、料理は認めて頂けてレストランの手伝いをして下さるそうよ。」
「今の所、この世界唯一のレストランですものね。
 ねえ、デンマーク語なんて初めて耳にしたけど、セブンはどう?」
「ああ、言葉には少しづつ馴染んでる、翻訳機を使ってると良く出て来る単語は何となく分かる様になると、三之助が話していたことを体験中。
 英訳に切り替えてからは学習効率が上がり、デンマーク語でも少しずつ会話出来る様になって来たよ、コペンハーゲンの人達も友好的だから問題はない。」
「スコットランドとの様な相互協力は他の国々とも成立しそうだな、どの国も余裕が有るから今の所物々交換に問題はなさそう、このまま通貨を必要としない社会が成立するのならそれも悪くないが。」
「問題は人口が増えた時かな、土地の私的所有とか、この先国土が広がるのかどうか…、キング、マリアさまはその辺りの事情、何か話してくれたか?」
「子ども達の成長を待つとの事だ。」
「子ども達か…、子ども達こそがこの世界のほんとの住人なのかもね。」
「うん、子ども達の為にも国連を成功させないとな。」

 六つの国がそれぞれに二丁目住人の様な存在を抱えながらも至って平和なのは、蘇った戦争の記憶による所だと思う。
 何の問題も無く、国連は永久に戦争をしないという不戦の誓いと共に成立した。

 国連の成立を切っ掛けとして国際交流が盛んになる。
 その中心が我が国となったのは、和の国がこの世界で唯一、海を持つ島国で有り最大の面積を持っている事が大きい。
 ここでの生活を始める時、広い窓から海が見渡せる部屋をとリクエストしたのは私だけで、三百名を超えるこの世界の大人達は、誰一人として管理者に対し海というワードすら口にしなかった様だ。
 他の国々は海の代わりに壁が存在する、その壁紙は森の風景だったりするのだが、所詮壁に過ぎず行き止まり、それに対して和の国を取り囲む海には限りがない。
 船で島から遠く離れようとしても、気が付くと島に向かっているという種の分からないマジックに弄ばれても、海の広さを長らく味わう事無く過ごして来た彼らにとって、海の解放感は魅力的なもの。
 海水浴を楽しむだけでなく、漁の手伝いという仕事は常に希望者が多く順番待ちとなっている。
 また、麗子の指導するレストランは常に予約で満席、各国から持ち寄られた食材を使い、リクエストに応えて各国の料理をメニューに加え大盛況。
 自分達の郷土料理を麗子に教えると、それが美味しくなってメニューに加わるのだから、麗子はこの世界で最も尊敬され感謝される存在となった。
 レストランの厨房は、麗子の料理を覚えたいという人達が順番待ちで働きに来ているので、我が国の負担は少ない。
 また、代金替わりに調理器具や食器など、麗子が欲しいと言えばこの世界の技術で製造出来る物は何でも手に入る。
 麗子の為ならと、各国の職人が競い合うように製造し提供してくれるのだ。
 レストランには各国が四台ずつ貸してくれた自動翻訳機、計二十四台が何時でも使える状態に。
 それを活用し、この世界で最も異質な言語、日本語の習得を目指す人が増えているのだが…。

「日本語学習熱が高まっているみたいね。」
「スコットランドが英語を世界共通言語にと提案したことに対して反発しているのかもな。」
「休日や休み時間を和の国で過ごす人の多さが関係しているとも思うが、日本語の難しさが面白いという人もいたよ。」
「キングのおかげで、広くて快適な島だもの、特別な用が無い限り他国へ行く気にならないのよね。
 この世界の全員が和の国に来ても、かつての東京みたいな過密状態には程遠いし、全員を城に集めても余裕だからな。
 海、城、レストラン、庭園、牧場、森林、和の国は観光だけでもやって行けそうだね。」
「私達の苦手だった、家畜の屠殺と解体はレストランの代金代わりにやってくれるし、漁に参加したい人は多い、農業は元々病害虫と無縁だから楽だったのに、他国で栽培してなかった作物が多いからと手伝ってくれる。」
「物々交換が成立しにくいから、物の代わりに労働力の提供になるとは想定していなかったわね。」
「キングは麗子と相談して香辛料の原材料を積極的に栽培して来たからな。
 始めはその生産量から食料に関して、どの国も大差ないの思ったけど、実は大きな差が有った訳だ。」
「香辛料って遠い昔には貴重品だったのでしょ、歴史は繰り返すという事かしら。」
「なあ、城が存在することによって、和の国は文化の中心にもなりつつあるだろ、音楽会や演劇とか。
 今後の計画は、もっとそれを意識するべきではないかな。」
「城下町の計画を見直すってこと?」
「そうだな、城のレストランだけでは足りない、世界中の人が和の国で気軽に昼食をとれるぐらいの設備を整えても良いと思わないか。
 一つの世界、争いの無い世界を考えたら、常日頃から顔を合わせて食事をすることは意義のある事だろ。」
「食糧生産に関してはかなり余裕が有る、その余力を城下町建設に充てて行くことに反対する人は少ないと思うね。
 学校に続けて食堂や…、なあキング、他国の一般人だが、滞在時間延長は難しいのか?」
「う~ん、マリアと相談だが…、和の国の一般人と同じには出来そうな気がする。
 他国の意見を聞いた上で掛け合ってみよう。」
「国家間ゲートの利用状況データを見ると、各国とも圧倒的に和の国とが多いのよ、この世界の中心として各国国民の利便性を高めて行く事が出来れば、六か国が一つの国家となることも夢ではないと思うし、その首都として城と城下町が機能して行くのは理想だと思うわ。」
「では、その線でマリアを説得するとしよう。」

 マリアは我々の願いに対して、実にあっさり了承してくれただけでなく、島を拡大し城下町用地を広げてくれた。
 それを知った他国のリーダー達が彼らの管理者に領土拡大を願い出たのだが、その全てが却下された事を考えると、どうやら和の国はこの世界でとても特別な存在となっている様だ。
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07 スオミ [KING-02]

 スコットランドとの交流が始まってから半年程が過ぎ、両国の有志による混成の混声合唱団がアニーローリーや赤とんぼを城のホールで初披露する頃、マリアから告知が有った。

「順調に行けば来月、新たな国との交流が始まるそうだ。」
「いよいよか、具体的には?」
「確定ではないとの事でまだ詳しくは分からない、ただ、その後、立て続けに条件をクリアする国が現れる可能性が高いと言われた。」
「スコットランド側は?」
「同様の告知を受けたそうだ、協力して国交樹立プログラムを策定する必要が有るという事で一致している。」
「記憶の蘇りから、しばらくの間は国内の安定に力を注がざるを得なくなるというプロセスがスコットランドと同じなら、本格的な交流を始めるまでに、じっくり準備する時間が有るよな。」
「そうね、でも立て続けという事だと落ち着かないかも。」
「国民とも相談して我々が外交に多くの時間をさける環境を整えておきたいと思うがどうだろう。」
「ああ、二丁目の問題も落ち着いてきたから大丈夫だと思う、教育や外交に力を注いで欲しいと話してくれる人もいるからね。」
「スコットランドからは麗子の予約制レストランについて、手伝うから席を増やして欲しいとの要望が有った、今後交流する国の人も招かなくてはいけないし、我が国の民からはもっとレストランの雰囲気を味わいたいとの声が届いている。」
「それには応えて行きたいね。」
「そこで、国内のゲートに関して時間ルールを変更しようと思う。」
「キングの自由に出来るのはどこまでなの?」
「零時から六時の間以外はフリーに出来る、時間制限の理由は分からないのだが。」
「どんな風に変更?」
「音楽村が完全にフリーなのと二丁目の制限は今まで通り、他は夜十一時までの滞在を認めようと思っている。」
「喜んで貰えると思うが、何か交換条件を出すのか?」
「当番制でレストラン夜間営業の手伝いだ。」
「そうか、各国の特権階級は夜におもてなしという事なのね。」
「国民も夜のレストランを利用出来る体制にしたい、昼はスコットランドに手伝って貰って主に外国の一般客を受け入れて行く。」
「私達の会議はどうするの、時間に余裕がなくなりそうだけど。」
「基本、今まで通りダイニングルームで八人揃って開く、レストランは麗子がいなくても充分なものが出せるから問題ない、料理教室は大きな成果を上げている。」
「問題は国際的な会議だね、今後は他の客に聞かれたくない話も出て来るだろう。」
「ケースバイケースで良い、部屋は有るのだからレストランにこだわる必要はないと思う。」
「確かにな、空いてる部屋に国際会議室とか名前を付けるか。」
「木工チームはスコットランドの職人と共同で装飾にも拘り始めたでしょ、国際会議室用に特注で椅子と机を依頼したら喜んでくれるのではないかしら。」
「そうだな、二か国になって効率が良くなり余裕が出て来た、彼らにとって木工は趣味の範疇だそうだ。
 次の国とも良好な関係を築き、更なる余裕を生み出したいね、趣味の時間を増やせる様に。」

 国民達は島に滞在できる時間延長を素直に喜んでくれ、二丁目以外の国民はほとんどの時間を島で過ごし、寝る為だけに自分のコロニーへ帰る様になった。
 そのおかげでレストランの新体制は新たな客人を招くまでに余裕を持って完成。
 そして趣味、木工だけでなく、手芸、歌や踊りといった時間を多く持てる様になったのは、共同保育体制を強化出来たことにもよる。
 子どもに歌や踊りを教えたり、お話を聞かせることを趣味としている人が少なからずいるのだ。
 
 レストランの新たな客人候補、次なる隣人のデータはスコットランドの時より少し詳しくなっていた。

「フィンランド語か、だったらフィンランドの人達だろうな。」
「言語を明示してくれたのは、私達の時に失敗したからでしょうね。」
「フィンランドは四か国語とかを話せる人が多いと記憶している。
 英語で会話出来そうだが、マリアからは、あえて日本語で話し、翻訳機を使って英語の存在に気付かせない様にして欲しいそうだ。」
「英語では私達の時と同じ様な状態になる可能性が有るのかしら。」
「ああ、彼等が落ち着くまでスコットランドに出番はなく、我々だけがコンタクトを取る事になる。
 もう一つ、マリアは言語に対して興味を持ったそうだ、子ども同士の会話を見てね。」
「キングはマリアさまとそんな話もしているのか?」
「一時期ほとんど会話がなかったが最近になって色々質問される事が多くなった、時には意見交換もしている、異なる言語を使う子ども達が言語の融合を試みる事は想定外だったそうだ。」
「私達も想定していなかったわ、こんな特殊な環境がなかったら起こらなかったでしょう。」
「この機会に翻訳機を使って知らない言葉を習得するのも面白いかな、でもこの先、幾つの言語と出会うのかしら。」
「マリアさま達が単一の言語で生活して来たのなら、複数の言語を理解し複数の言語で思考するという人間の存在は新鮮でしょうね。」
「誰かフィンランド語話せるか?」
「さすがにいないだろ、それよりデータを見ると子どもが二十人となっている、スコットランドの時との共通点だな。」
「大人は五十八名、六人死亡、データを総合的に判断すると国の規模もスコットランドと大きく違わないという感じね。」
「このデータはスコットランドでも見てるのか。」
「ああ、特に気付いた事が有ったら知らせて貰う事になっている。」
「フィンランドとのファーストコンタクトは何時?」
「画面右上でカウントダウント中だよ。」
「まだお茶する時間は充分有るのね、皆さんご希望は?」

 新たな隣人とも良好な関係を築かなくてはならない、麗子の入れてくれたお茶でも皆の緊張をほぐすには充分ではなかった。

 それでも始まってしまえば…、モニター越しのファーストコンタクトから、対面、それが彼等の記憶を呼び覚ますスイッチとなり、モニター越しの交流へ、といった流れは当初の不安をすっかり忘れさせる程スムーズに進んだ。
 スコットランドとの経験が活かされている。
 ここまでの交流にスコットランドが関係しなかったのも良かった、私達の判断だけで物事を進める事が出来たからだ。
 外交担当の三之助は、今までスコットランドと二国間で進めて来た国家間の約束事などを説明をしている。
 但し、英語を思い出させる事の無いよう、慎重に言葉を選んでだ。

「三之助、フィンランドの人達はどう?」
「皆さんフレンドリーよ、相談の結果、国名はスオミ、Suomiに決めたって。」
「じゃあこれからはスオミと呼ばないとな。
 マリアさまがシステムを変更してくれた新型翻訳機の使い勝手はどうだい?」
「良いわよ、フィンランド語を聞きながら訳を確認してるから良く出て来る単語は何となく分かり始めてる。
 国際電話とか使える様になって一気に多機能になったけど、これはキングがリクエストしたの?」
「ああ、このタイプは三之助が使って問題がなければ、この八人に専用の端末を用意してくれる。
 今まで我々が使って来た電話機は国際通話が出来ないので、現場リーダーに渡してくれて構わない。
 従来の携帯型翻訳機にはフィンランド語が追加されるが、台数は八台のままだ。」
「念の為フィンランド語と日本語しか表示されない様にキングが調整してくれたから安心して使えてるけど、スオミが英語解禁になったら、和訳から英訳に出来るのでしょ。
 その方がフィンランド語の習得が楽だと思うのよ、英語解禁が待ち遠しいわ。」
「スコットランドの時を考えるとまだまだ先のことだろうな。」
「そうでもないの、まだ混乱は残ってるそうだけど、来週にはリーダーグループ八人に来て貰えそうで、その時の感触が良ければ英語も解禁出来ないかな。」
「随分早いが大丈夫なのか?」
「スコットランドの人達から、経験したことを教えて貰ってアドバイスしているのよ。
 私にカウンセリングの才能が有るとは思って無かったから新鮮な驚き、もう記憶のプロテクトとか関係無い筈でしょ。」
「はは、これまでの経験からスキルアップしたのかな。」
「かもね、キング、英語解禁に関してはマリアさまが判断して下さるのかしら?」
「そうだな、相談しておく、マリアも気にしていた。
 我々としてもプロテクト解除の負担が少ない状態で早く交流を進めたい、次に交流する国の事も有るだろ。」
「あっ、そうそう、次の国はドイツ語が公用語みたいよ、端末に予告が出てるわ。」
「ファーストコンタクトは何時頃?」
「一週間後の予定、私が担当しても良いけど。」
「タイミング的に三之助はスオミに集中して貰ってた方が良いと思うわ。」
「ドイツ語が公用語なら私が担当しようか、こちらが少しぐらいドイツ語を理解できても問題ないだろ。」
「そうだな、ドイツ語と日本語しか表示されない新型端末を三郎専用に用意しよう。
 たぶん英語を理解できる人が多いだろうから、スコットランドの出番は先送り、先々を考えたら三郎に頼むのがベストだろう。」
「今後、スコットランドには先方の国情が落ち着いてから動いて貰う事になりそうね。」
「三之助、スコットランドと役割分担の調整が必要だな。」
「ええ、進めておくわ。」

 スオミの人達と英語で会話出来る様になるまでの時間が早くなりそうなのは三之助の功績だと言える。
 先方のリーダーは、慣れないフィンランド語を積極的に使おうとする彼女の好感度が高く信頼に繋がっていると、翻訳機を通して伝えてくれた。
 こちらに来て貰う日程が決まり…。

「私達が改めての自己紹介で過去の職業を公表し合ったと伝えておいたら、スオミのリーダーが彼らの職業を一覧にしてくれたわ、過去のね。」
「えっと…、フィンランド語なのか?」
「あっ、御免、英語バージョンはこれよ。」
「ふむ、我々ともスコットランドとも構成に類似点が見られるね。」
「その様だな…、八重の幼児教育に対してスオミには小学校の教育に携わっていた人がいる。
 管理者はやはり意識的に人を選んで国家を形成したのか…、なあ、彼から学校設立に向けて助言を貰えるのかな。」
「ロック、フィンランドって教育システムがしっかりしてると聞いた事が有るの、始めは人数も少ないのだから協力し合って開校することを目標にして良いと思うわ。」
「そうだな、国同士で補い合って行けると良いね、すでに革製品に関してはスコットランドの職人技に随分助けられているのだから。」
「では、三之助、先方に小学校設立の計画が有る事を伝えておいてくれるか。」
「うん、明日の定時連絡で伝えておくね。」

 学校で何をどう教えて行くかは大きな問題だ。
 保育の専門家は居ても学校教育となると話は違って来る。
 素人なりに考えてはいるが専門家の意見は貴重だろう。
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06 交流 [KING-02]

 我々はスコットランド国民を数名ずつ招待し、食事と音楽でもてなしている。
 そんな時は全て英語なのだが、ささやかに始まった国際交流の合間に微妙な問題が提起された。

「英語を世界共通語にしたいと提案されたが、どう思う?」
「こちらの国民全員が英語を話せる訳ではないのよね。」
「昔、全世界の人が英語を理解できると思っていたアメリカ人に辟易した経験が有るよ。」
「子ども達に教えて行く事は可能だわ、でもね…。」
「私達の星には実に多くの言語が存在していた、歴史を考えたら仕方のない事だったのだろうけど、不便で非効率だったのよね、誤解も生じただろうし。」
「世界に一つの言語の方が効率的なのは分かるが、日本語の使用をやめて欲しいと言われてもな、文化の問題が有るだろ。」
「まあ、こちらが日本語で会話していたら向こうは翻訳機を使わないと理解出来ない、だがこちらにはそういった制約がない、それを不公平に感じていたのかもね。」
「極力彼等の前では日本語を使わない様にして来たのだがな。」
「次に交流出来る国が翻訳機に頼るしかないのか、英語で済むのかにもよるわね。」
「統一言語を一つ決めておく事は悪い事ではないが、これから増える国によっては揉めるぞ。」
「そうよね、過去に英国と対立していた国が加わったら、宗教の問題も有って共通言語どころの話ではないわ。」
「国際法が必要かも、今後の事を考えると共通言語の話はしばらく保留にせざるを得ない、後から加わって来る国は成長が遅いって事だから、こちらが気を使ってあげないと嫌な世界になりかねないでしょ。」
「スコットランドと共に、国連を作り始めておくか?」
「そうね、共通言語の問題もそこで…、ねえキング、次に国交が成立する国の情報はまだなの?」
「ああ、何も聞かされていない。」
「例えば、私達とは別に国家の集合体が形成されてから、交流という事は?」
「マリアに確認したがそれはないそうだ、そんなことになったら大変だろ。」
「二大陣営対立という構図にならないのなら少し安心だが、他の国々はどうなっているのかな?」
「発展に手間取っていたとは聞いている。」
「ねえ、マリアさまが転送している生産余剰分だけど、そういった国々の為に使われてる可能性はどうかしら。」
「あっ、そうか…。」
「二つの意味で生産拡大を考えるべきかも、一つはまだ見ぬ国の住人達の為、もう一つは新たな隣人を得た時、食料支援が出来る様に。」
「余力は充分過ぎるほどに有る。」
「もう一つ意味が有るぞ、子ども達が食べ盛りになっても余裕が有る状態にしておく必要性だ。」
「はは、そうだな、作り過ぎた分がゴミになっていない事を祈りつつ、とりあえず増産体制を検討するか。」

 マリアが増産に賛成してくれたことも有り、私達は食料生産計画を見直す事にした。
 それに対し国民からの反発がなかったのは、マリアが提示した量は多く無く、手間が大きく増える訳でも無かったからだ。
 三之助はそこから食料を必要としている人数を推測しようと試みたが、自給自足のレベルという変数の為、最低値として算出した三百人程度という数値のみが有効だという。

 そういった情報はスコットランドの連中とも共有。
 彼等とは上手くやっている。
 考え方の違いは少なかったし、相手を尊重する気持ちも互いに有った。
 リーダーグループ同士の会議を開き、次に交流を始める国を想定しつつ二国間の約束事を相談し、まとめる作業を進めているが、かつての国家間交渉とは違い、自国の利益ばかりを優先させようという発言は出て来ない。
 両国とも紳士的に話を進めているので取り決めは常識的なもので有り確認程度の内容だが、今後加わる国を意識して成文化している。
 国民同士の交流も順調、英語を理解出来ない者はマリアが提供してくれた翻訳機を利用するが、その利用者は極めて少なかった。
 サッカーの試合を国対抗とせず混成チームで行っているのは、国を越えての仲間意識を高めるため。
 そんな中でこの世界に対する様々な疑問に対し情報交換を行っている。

「スコットランドが海の向こうに存在するのか、全く違う空間に存在するのか知りたいね。」
「調べる方法は?」
「星かな、ただ管理者が尤もらしく投影してるだけなら事実は掴めない、何か嘘くさいのだよな、日本で見ていた星空とは違い過ぎるだろ。」
「星座占いは破綻したのね。」
「はは、土壌に関しては、彼らと情報交換しペーハー値が明らかに違うことが分かったよ。
 管理者の気分なのか、元々の国に合わせているのかは分からないがね。」
「気候に関しては向こうも適度な気温、適度な降水量で問題ないそうだ。
 やはり四季を感じられないのは少し寂しいと話していたよ。」
「そうか、ウインタースポーツはもう出来そうにないのだな。
 代わりの乗馬は楽しいが、どうだい麗子、少しは慣れたか?」
「うん、でも三丁目の連中には追い付けそうにないわね。」
「彼らの運動神経は特別だよ。」
「彼等は英語が得意じゃなかったのに、サッカーや乗馬を通してスコットランドの連中と仲良くなってくれて嬉しいかな。
 大きな声では言えないのだけど、彼等のキングに対する忠誠心みたいなものから…、ここでの役割は軍人ではないかと思う時が有るの。」
「ああ、それは俺も感じていた、彼等を軍人にしない事が我々の役目だな、何時迄も罰が有効なら要らぬ心配だが。」
「二つの国を比べてみると管理者の方針が分かる気がする。」
「どんなこと?」
「こちらの二丁目に相当する向こうのコミュニティで生き残ってる大人は二人だけ、三丁目に相当する連中はやはり運動能力が高い、音楽村に対して演劇集団、他は職人という構成だろ。」
「成程、この先、国交を結ぶ国も同じ様な構成なのかしら。」
「可能性は高いが、となると、どの国も二丁目の様な連中に頭を悩ませているのかもな。」

 二か国の比較だけでは確実とは言えないが、充分に有り得る話という事で、もう一度二丁目問題と向き合う事に。

「一つはっきりしているのは仕事が嫌いで能力が低いという事だよな。
 どちらか一つなら、まだ救いようが有るのだが。」
「二丁目の一人が貴重な道具を独占していた、先にここへ来たからと言ってね。
 それを作業見直しのタイミングで五丁目の人に渡して貰ったら、一週間掛かってた作業が一時間で終わったよ。」
 「使いこなせてなかったのだな。」
「他の現場も似た様なもの、能力が極めて低い癖に文句だけは一人前だって、皆怒ってるわ。
 大切な仲間の寿命が短くなって欲しくないから我慢する様にお願いして来たけど、そろそろ対応を考え直すべきではないかしら。」
「今から教育って難しくないかな、記憶を取り戻してから悪化した気がするし。」
「現状なら彼等が働かなくても生産活動に影響はない。
 いや、むしろいない方が効率的だとレストランでの仕事ぶりを見ていて思うよ、他の国民と同様に働かせるのは無理が有るのかもな。」
「彼等の人権は後で考えるとして、一旦仕事から外してみるか?
 ろくに働いていない連中が文句を言いながら近くに居るなんて構図は、国民の平均寿命を短くする事に繋がりかねないだろ。」
「う~ん、少し酷かもしれないが真面目に働けないのならこの島へ入れなくするとか。」
「マリアさまにお願いするのね、でも、キング、完全に排除でなく時間制限に出来ないかしら。」
「それでも構わない、今まで必要が無いと思っていたから皆に話してなかったが、スコットランドとの国交が樹立した頃、国内のゲートに関しては私の一存で有る程度自由に出来るとマリアから言われた。」
「なら話は早いわね、でも国民に対してはマリアさまにお願いしたことにしておきましょう。」
「ああ、そうだな、で、子ども達の事も有る、具体的にはどうする?」
「そうだな、朝の十時から夕方四時まで島にいる事を許す、但し作業時間中に仕事をしていなかったり愚痴ばかり人にぶつけている様なら即座にお帰り願うって可能か?」
「大丈夫だ、仕事をしていなかったり妨げになっていると感じた人が現場リーダーに報告。
リーダーが帰宅指示…、帰宅時刻を決めて、こちらに連絡してくれた段階で設定変更する。
 帰宅指示時刻を過ぎて残っていた場合には罰が発動、強制的に帰宅させられて老けた気がするだろう。
 そしてコロニーが暗くなって…、経験していないから具体的は分からないが。」
「一度罰を経験したら少しは考えるかしら。」
「どうだかね、大人はそれで良いとして子ども達はどうする?」
「大人達は朝食夕食を自分達で作って必ずコロニーで済ませて貰う、子ども達は今まで通りここで食べてもコロニーで食べても良いという事でどうかな。」
「親と一緒が良いか、おいしい食事が良いかは子ども自身が決めれば良いわね。」
「なら、そろそろお泊り保育を始めましょうか。」
「お泊り保育?」
「他の子ども達も大きくなってきたから、お城で親から離れて一晩過ごすの。」
「タイミング的には良いかもな、二丁目の子ども達を城で守って行きたいが、四人だけとはいえ他の子達とあまり差が付くのは好ましくないと思う。」
「じゃあ、八重、その方向で頼むよ。」
「ええ、親だけでなく子ども達とも相談してスケジュールを組んでみるわ。」
「将来的にはスコットランドの子ども達とも相互にお泊り会を開ける様にしたいね。」
「ああ、結構仲良くやってくれてるからな。」

 スコットランドの子ども達と和の国の子ども達はもう友達。
 特に城の子達は交流の機会が多く仲良くなっていた。

「子ども同士が仲良くしててくれると安心よね。」
「だね、問題は言語か…。」
「子ども同士の会話は何というか、単語も文法も日本語と英語が入り混じってるよな。」
「キング、言語教育はほんとにしなくて良いのか?」
「子ども達の柔軟さを明日の世界に生かせないかと思ってるのだが。」
「言葉の乱れという次元じゃない…、新たな言語の創造か…。」
「どちらの言語で会話しろとは強制出来ない。」
「八重は単語を教えているのか?」
「ええ、でも少しだけ、子ども同士で結構解決してるのよ、子どもだから語彙が多い訳ではないでしょ。
 城の子達は相手の話す言葉が不思議で面白くて興味を持ったみたい、子ども同士の話はごちゃまぜでも、私と話す時はきちんと日本語で話してくれてるし、向こうの大人と話す時は英語で話そうと試みているのよ。」
「それは心強いな、で、子ども同士の時はどんな基準で言葉を選んでるんだ?」
「自分に馴染みのなかった単語は相手の言語、他は語感で選んでいるみたいね。」
「という事は子どもによって使う言葉が違うという事か、それで統一された言語に成長して行くのかな?」
「ポイントはこれから出会う言語だろう、出会った時の力関係も影響するだろうし。」
「現状では英語と日本語が有利になりそうだな、まあ彼等の言語に関して我々が口出しする必要はないのかもしれない。」
「少し早く生まれた分、我々の長男長女達が他の子達をリードしてる様だが。」
「ええ、国に関係なく年下の子の面倒を見てくれて助かってるわ。」
「躾をきちんとして来た成果だね、八重のアドバイスが的確だったおかげだよ、有難う。」
「お手伝いもしっかりしてくれる、二丁目の大人達より役に立ってるよな。」
「二丁目の子ども達はどうだ?」
「そうね、自分の親より保育担当者に懐いているぐらいだから…。
 将来的に二丁目出身という事がハンディにならない様にしないとね。」

 二丁目の大人達は現時点で犯罪者という事ではない、ただ、その言動は時に論理性を欠き感情的になり易い。
 彼等の役目は終わったのか、それとも…。
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05 宗教 [KING-02]

 二丁目住人の謎に関してはすぐに一つが判明した。
 二人が布教活動を始めたのだ。

「宗教とは思いもしなかったな。」
「ああ、でも不思議ではない、心の拠り所という側面が有るだろ。」
「クリスマスを楽しんで、正月には神社へ初詣、お爺さまのお葬式はお寺だったけど、特に信仰心はなかったわ。」
「私は唯物論者だったから初詣にも行かなかった、人混みが嫌いだと言う理由も有ったが。」
「念のため各自の宗教観を教え合っておいた方が良さそうだな。」
「私は麗子と同じ、お祭りとかイベントだけ参加って感じかな。」
「俺もだ、同じじゃないのは唯物論者のキングと…、三郎は?」
「ああ、皆とそんなに違う訳ではないが、宗教について考察した事は有る。」
「とりあえず宗教を原因とするトラブルは気にしなくて良さそうだね。
 三郎の考察を聞いておきたいと思うが。」
「簡単にまとめると、宗教が人類にもたらして来た良い面としては、セブンが口にした心の拠り所。
 人間誰しも死を迎える、死を恐れるのは本能的な事だと思うが、死後の世界を経験した者はこの世に存在しない。
 だから死後の世界を尤もらしく説かれれば、それを信じて心の安らぎに繋げてもおかしくはない。
 そして道徳心の向上、社会にとって良い行いをする事が、良い来世に繋がると多くの宗教家が説いていたと思う。
 だが、宗教が私利私欲の人によって曲げられ利用されて来たのも事実だ。
 キリスト教、仏教、イスラム教等、それぞれが多くの宗派を持っていたのだからな、つまり自分の都合によって解釈を変え分かれて行った訳だ。
 それぞれ根本の教えはすばらしいものだったのだろうがね。
 まあ、長い話になりかねないので、二丁目の問題に戻すと、問題点は布教活動を始めた二人が違う宗教を信じているという事だ。
 二丁目は分裂し対立するかも知れない。
 ただ、彼女達の布教活動が全体にとって、大きな障害になることは無いと思う、キング程の説得力を持ち合わせている訳でもないし、仕事に熱心でもない彼女ら自身は他から嫌われているからな、かつて属していた宗教団体内でもリーダー的立場にはなかった人達だろう。
 ただ、可能性は低いが、この先二つの異なる宗教によって国民が対立する事は避けたいと思う。
 今は早く天に召されたいと考えない限り大きな争いにはならない状況だが、子ども達はどうだ。
 親に洗脳されて科学的論理的思考を阻害され、自分と違った思想に対して攻撃的になる可能性は否定出来ないだろ。
 二丁目が分裂したとしても、それはどうでも良いことだが、子ども達は守って行きたいね。
 そしてもう一つ…、こちらの方が厄介なのだが、スコットランドだけでなくこれから出会うであろう国の人達は、それぞれ違った宗教を信仰している可能性が有るという事だ。」
「過去には宗教や宗派の違いから戦争にもなったな。
 まあ、それは単なる口実で利害関係が原因だったのかも知れないが。」
「結構大きな問題だ、少し考える時間が必要だと思う。」
「だな、とりあえず明日の夜にでも、もう一度話し合おう。」

 二丁目住人による布教活動がなかったら他国の宗教にまで目が行かなかったかも知れない。
 だが、宗教対立をこの世界で起こしてはならない、仲間達の顔はそう語っていた。

 翌日、宗教の問題に関する会議の口火を切ったのは三之助だ。

「宗教と死は切り離せないと思うの、死と共に人の精神とか心はどうなるのか、科学的に考えれば死によって停止して消えるのでしょうけど、それだとちょっと寂しくは有る、そこで宗教の登場。
 でもこの世界では昔いた世界と大きく違う事が有るわ。」
「う~ん、何かしら?」
「それは管理者の存在、キング、亡くなった二人がどうなったのかマリアさまに訊いて貰えないかな、肉体だけでなく脳内のデータも含めて。」
「あっ、何となく三之助の考えてる事は分かるが、教えてくれなかったら?」
「私達で作っちゃえば良いのよ、肉体は形を変えて再利用されるが記憶はマリアさまのデータバンクに保管される、より質の高い記憶や能力は人類をより高次元の生命体とする為に再び活用されるが、社会秩序に反する低次元な考えを持つ者の記憶は残す必要がなく抹消されるとか、どう?」
「うん、新しい世界になったのだから新しい宗教とは考えていたが、なかなかの出来だな。」
「それ以外の部分は二丁目の二人が信仰してる宗教の共通点と異なる点を整理して作れば良いわね。」
「三郎はスコットランドの連中と宗教の話をして来たのだろ?」
「ああ、彼等はカトリックとプロテスタントに分かれていると話していた。
 この先問題になりそうだったから、第三者の視点で科学的に分析したら違う物が見えて来るかも知れないと提案しておいたよ。
 我々が双方の主張を聞いて質問して行くという形、うまく行けばこの世界共通の秩序作りへ向けて、その足掛かりとなるかも知れない。」
「科学的考察による宗教の融合か、私達を救ってくれたのは信仰していた神ではなく管理者、彼らは我々を超越しているが、神というイメージとは少し違うかな。」
「でも、本当の神なのかも、管理者を切っ掛けに過去の神を捨て去る事が出来れば、差別のない宗教を作り出す事が可能ではないかしら。」
「差別か…、特権を振り回す輩が、これから出会う国に誕生していないと良いが。」
「国家成立の過程でコロニー間格差が生じているかもね。」
「まだ見ぬ国を心配するより、まずは手の届くところから考えない?」
「そうだな、三郎、皆の考えをどう思う。」
「ああ、その方向でまとめさせて貰うよ、和の国とスコットランドが同じ社会規範で行動できる様になれば先々楽になると思う、ただ、相手を説得して行く場面ではキングの力を借りたいが。」
「もちろんだ。」
「いっそ、キングを教祖様にして新興宗教でも始めるか。」
「はは、そいつは面白いな。」
「余計な対立の元になりそうだから遠慮させて貰うよ。」
「残念ね、どうやって崇め奉るのか考えるのはイベントとして面白そうなのに。」
「所詮おもちゃなのか、私は。」
「ふふ、でも、ここへ来てからクリスマスも初詣もなかったわ、子ども達の誕生日ぐらいよね。」
「昔は宗教がらみのイベントが娯楽だったのかもな、新たに祭りでもやるか?」
「良いわね、何かオリジナリティーあふれるのを始めたい、国民の声を聴いて。」
「宗教の話はどうする?」
「我々の統一見解をまとめてから国民に示すべきだろうな、三之助がでっち上げた部分だって話して良い、でもまずはマリアさまの話を訊きたいね。」
「そう言えば二丁目では葬式をしたのかな?」
「息を引き取ってしばらくしたら消えたという事だから、そんな暇はなかったかも、結構嫌われてたし…。」
「儀式的な事も考えて行くべきなのかしら。」
「儀式って必要なのか?」
「心の区切りをつけるという側面は有ると思うな。」
「堅苦しいのは嫌かも。」

 ひとまず宗教に関しては三郎が動き始めた、これから出会うであろう国家を想像するとかなりの難題と言える。
 だがスコットランドと共に、この世界に於ける統一された宗教観を確立し、複数の宗教を乱立させないこと、そう、宗教対立の無い平和な世界を目指すと言うのが我々の出した結論だ。
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04 研究 [KING-02]

スコットランドとの交流は大きなトラブルもなく進んでいる。
彼の地を訪れた日の夜には…。

「改めてキングのずうずうしさに乾杯したくなったな。」
「セブン、それは褒め言葉なのか?」
「もちろんさ、ジョージは土地を広げるお願いをする時におよその面積を指定したそうだが、キングは?」
「もちろん可能な範囲で最大と言い続けてきた。」
「この無駄に広い城は?」
「キングと名乗るからにはでかい城に住んでやろうと。」
「マリアさまは呆れてなかったの?」
「特にはね、あの頃は他にする事がなかったし。」
「ここでのスタート時、二か国合計百二十八人いた大人達の中で、そう考えたのはキングだけだったのよね。」
「マリアさまは研究と話していたそうだけど、ここまでする必要はなかったよな、スコットランドの規模でも充分暮らして行けるのだから。」
「研究か…。」
「精神状態まで管理されてるから微妙だね、昔の俺はこんなに良い奴じゃなかったよ。」
「いや、ロック、そうでもないらしい、記憶が少しずつではなく一気に戻った事をマリアに尋ねたところ、我々が英語を理解出来るという事が見落とされていたとかで、珍しく謝ってくれた。
 英語が鍵になって記憶が一気に解放されてしまうとは彼らも想定していなかったそうだ。
 で、その時に我々を落ち着かせてくれたのか、と問うたら、そういった事は一人暮らしの時に少ししていただけだと。
 私の記憶に残る昔の自分と今の自分とでは性格すら違うと話したら、環境の変化によるものだろうと話していた。」
「そう言われると、昔はこんなに幸福ではなかった、愛する妻と子ども、そして仲間達、性格が自然に良くなっても不思議ではないのか。」
「老化が進んで死亡した者の事も教えてくれた。」
「なんて?」
「彼等の役割が終わったからだと。」
「役割か、二人ともこの国にはあまり貢献してくれなかったよな。」
「二人は居なくなったけど、その遺伝子は残ったわ。」
「そうか、元々、本人がこのコミュニティに必要だった訳ではなくその遺伝子が研究上必要だったのかもしれないね。」
「実際の所は分からないが、その可能性は否定出来ない。」
「自分がマリアさまの立場だったら当たり前の様に、同じことをしたかもな。
小さな村を作ってあげました、あなた方はどんな村にして行きますか、但し大人しい人ばかりでなく変数としての遺伝子が入っています。」
「大人しい人ばかりなら弱くなるだろう、人格にバリエーションが有ってこそ強いコミュニティーになると思う。」
「それを狙っての事なのか、というより、そんな遺伝子を持った人物をきちんと管理できる体制に出来るかどうかを試されてる一面が有るな。」
「遺伝的要因より環境的要因の方が大きくないかしら。」
「だな、子ども達の環境には最大限の配慮をして行こう。」
「一つの村レベルから二か国に増えたとは言え規模はたかだか村二つよね、でも国家という発想でシミュレーションしながら、外交交渉をして行く事になったのよね。」
「自分達の記憶に残る国家形態、社会経済、その他諸々を見直してみろという状態だよな。」
「私達はマリアさまの研究材料、実験動物かもしれないけど、より理想的な社会環境ってのを人類のDNAで実現出来るのかって、私も研究者として実験に参加している気分だわ。」
「とにもかくにも子ども達に良い環境を…、だがこの問題って難しいと思わないか、理想的に平和な世の中で、さらなる進歩が望めるのかどうか、否、進歩する事が本当に良い事なのかどうかも分からないだろ。」
「物質的進歩ではなく、精神的な進化の道という考え方もあるな。
 普通の生物はただ生存して子孫を残す、本能のまま生きていれば良いが、我々はそれだけでは満足しきれない。」
「人が人として生きる根源的な命題、答えは出そうにないわね。」
「だな、でもまずは集団の形成、言語も習慣も異なる人達と良好な関係を築き上げるという課題が目の前に有る。」
「そうね、まずはそこから考えますか。」

 我々に与えられた特殊な環境はマリア達の研究の為に形成されたものだろう。
 だが、この場は私達にとっても実験研究の場だと言える。
 そう思わせるのは城の住人達の冷静な考察による所だ。

「マリア達の研究は我々の社会が一つのテーマなのだろうな。」
「そうね、まずは個、一人で始まったここでの生活、殺し合わない事を確認した後に八人のコミュニティを形成、この段階でコミュニティによる差が生じた。」
「三丁目と私達とでは雲泥の差だったわね。」
「人選は意図的だったと思うな、二丁目は今ひとつ分からないが、他は得意分野の近い人達が集められている。」
「そう考えると自給自足の苦手な人ばかりで、三丁目はきつかったでしょうね。」
「はは、確かにそうだ、俺達は同じ様な価値観を持っていたから楽だったな。」
「私達の会議って…、私が昔経験した会議は利害関係が複雑だった事も有ってか、すぐ上げ足の取り合いみたいな事になっていたけど、ここのメンバーは常に反対の考え方も意識しているし、相手の意見を尊重してるよね。」
「俺達は意図的に集められた、そして俺達の考え方が、国民にも理解されて国内は運命共同体としてまとまった。」
「それぞれが自分の役割を果たそうと考えてくれる様になったわね、私達はマリアさまの意に沿った考え方をしてる? させられている?」
「マリアさまに認めて貰えたという感じはするかな。」
「さて、ここにスコットランドが関わって来た、どうする? どうなる?」
「基本的には相手を尊重しつつ仲良くするって事でしょ。」
「それには?」
「相手を知る事よね、たかだか数十人の事だから全員と対話出来る、幸い私達は彼等の言葉が分かる。」
「家族単位で昼食会にご招待ってどうかしら、一度に二家族ぐらいなら、こちらの負担も少なくて済むかな、音楽村のメンバーと私達で分担し、おもてなししながら色々教えて頂ければ、今後の対応が楽になると思うわ。」
「麗子の料理を食べながらなら、少し踏み込んだ事まで聞き出せそうだね。」
「その情報を元に人間関係を築いて行けば、より良い社会が構築出来るかもな。」
「特に不満の部分を聞き出したいね、三丁目の連中から不満を聞き出せた事によって今の関係が有る、だが二丁目の連中は未だに微妙な部分が残っているだろ。」
「二丁目の謎はいずれ解明しないと足元をすくわれそうな気がするわね。」
「この際だから、スコットランドの人達をもてなす時には二丁目住人に手伝って貰うか。」
「そうだな、何かの弾みで謎が解けるとまでは行かなくても…、現時点で彼等が不可欠な作業はないし…。」
「再編後の作業効率アップで二丁目住人の責任作業は著しく減ったわね。」
「ロック、二丁目の調査を担当してくれないか。」
「ああ、キングに言われなくてもほっとけない、マリアさまによる大きなトラップだとしたら、スコットランドにも同様の罠が隠されている可能性が有るだろ、ちょっと作戦を練ってみるよ。」

 一人で考えていても気付かない事が、この仲間達から出て来る。
スコットランドの人達との交流と謎が残る二丁目住人の見極めを同時に進める事となった。
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