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18-過去 [岩崎雄太-02]

副社長佐藤は移住から三か月、村での生活に随分慣れて来ている。
不便な事も有るが、食事の心配はなく、仕事をして家で寝るというだけだから、さほど大変とは感じていない。
休日は皆で町までドライブという時も有る。
何となくグループだったりペアだったりが出来始め、彼は水沢と。

「佐藤さんは社長に惚れこんでいるのですね。」
「ええ、水沢さんもでしょ?」
「私の場合は社長に惚れてというより、都会から逃げ出したい衝動に駆られて移住の道を選びました、イケメンで大金持ちの社長なんて、近くにいたら疲れるだけです。」
「はは、でも社長は他の大金持ちとはちょっと違うだろ。」
「ですよね、過疎の村や廃村の再生なんて、余程上手く行っても初期投資が回収できるかどうか分からない、ただのお金大好き人間なら取り組まないでしょう。」
「社長は日本のバランスを取り戻すきっかけを作りたいと考えておられる、世界中の富は僅かな人の手に片寄り過ぎているよね。
日本中の大金持ちが社長の様に考え真剣に取り組んだら、もっと良い国になってたと思うな。
俺達は大赤字会社なのに充分な給料を頂いている、社長が学生時代に起業された会社は社員の給料の良さが話題になっている、自分が大卒で入社した会社は給料こそ今と変わらないが、それは過酷な残業を耐えての事、自殺した同僚もいて退職を決意したよ。」
「売り上げ至上主義だったのですね。」
「ああ、その後はアルバイト生活、低賃金労働で企業の利益に貢献していた。
大きく考えたら、主婦のパートはともかく俺達の世代が非正規低賃金で働いていては内需の拡大なんて望めないだろ、それが輸出依存の日本経済が安定しない要因になっているのだが、それを作り出したのは誰なのかって事さ。」
「社長は、こんな田舎から変えて行こうと考えておられるのね。」
「社長のお父上関連の企業も賃金の見直しを始めているとニュースになってた、その分人件費は増えるが、良い人材を集めやすくなり企業イメージも上がるだろう。」
「良い人材が増えれば企業も安定するという事かしら。」
「規模が大きいから単純な話ではないだろうがね。」
「うちは小さい会社だったからな…。」
「どんな?」
「従業員二十人そこそこなのに人間関係がひどくて、満員電車で出社すると、同僚からはミスを押し付けられ、上司に罵声を浴びせられ、それを耐えきった所で何もないって気付いた時に、偶然募集を見つけて、ふふ、不便なんだろうなって覚悟を決めて移住してみたら、全然不便じゃないし仲間はみんな…、それぞれ辛い過去をお持ちだと思うのに、いえ、それだからかもしれませんが、皆さん優しくて。」
「だね、多少のトラブルは覚悟していたのだが、都会が恋しくなって帰る人も今の所いない。」
「ねえ、佐藤さん…。」
「うん、えっと、俺と付き合ってくれないか、もちろん結婚を前提に。」
「お願いします。」
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