花沢薫

そろそろランチタイムね。
黒沢さんのとこに行かなくっちゃ。
おっとみんな揃ってるな。
黒沢さんと目があったから、にっこりしてオーケーっと。
始めての時は、びっくりしたなぁ～。
音楽を聴かせる店だから、雑音になる言葉は厨房では使わないなんてね。
もっともそれは建前で、本当はオーナーの遊び心だったとは。
また、それを実践してしまう、チーフの黒沢さんもすごいわね。
ほんとLentoは驚かされることばかりで、奥が深そう。
早くバイトランクを上げてもっともっと働きたいな。

おっと黒沢さんが「ぱ～」の合図を出したからホール内の確認ね。
にこっと笑ってうなずいてと、自然に出てしまうわよね。
「今週の、ぱ～は、みんな愛してるよ～、ホ～ルの中を愛で満たしてきてね～。　ついでに問題がないか確認してきてね～、って意味だよ。」って言われてるから、ただの「ぱ～」が全く違うものになっちゃうわよね。
さ～、愛で満たしてくるか。

あら、今日のランチタイム前プレイヤーは和音さんなんだ。
彼女のピアノは評判になってるのよね～。
確かに私みたいな素人が聴いても、一味違うって思うもんな。
曲はユーモレスクね、曲にあわせてお客様の様子を伺って、部屋の汚れも確認してってと。
ノ～プロブレムね。
さて厨房に戻って…。

黒沢さんをめっけて、目を合わせて「ちょき」。
黒沢さんは絶対笑顔だもんな、惚れちゃいそうだよ。

あっレッドシグナル、５番テーブルでコップが倒れたという表示だわ。
さぁ、あっ真子さん黒沢さんと目を合わせてる。
ああ～、もういっちゃった。
また負けた～。
ほんとに真子さんすごすぎよね。
気づくの早いし、曲に合わせて踊るように行っちゃうし。
何をしてても曲に合わせてるもんなぁ～。
悔しいほど自然にホールに溶け込んでいるのよね。
さすがに誰もが認めるランクトップ。
私も近づきたいと思ってがんばってるつもりなんだけどな。

さあ、ランチタイム。
今日のランチタイムプレイヤー一番手は、バイオリンの先崎くんか。
何か食が進む音楽を研究中って言ってたなぁ。
おっとバイオリンに聞きほれていちゃだめね、仕事しなくっちゃ。
私はまず６番テーブル。
手順をミスらない様に気をつけなきゃね。
確認作業も先輩に教えていただいた通りにやってと。
それにしても、先崎くんのバイオリンって仕事し易いのよね。
そう言えば、ただ演奏してるんじゃなくて全体を見てるって言ってたわね。
お客様を待たせ過ぎないで、でもゆったりくつろいでいただけるペースで私たちが動く様に、俺様が操縦してる様なもんだって、冗談っぽく言ってたけど本気なのかな？
先崎くんなら許せるけどね。
真子さんたちともずいぶんディスカッションしてるらしいし。
軽い気持ちでLentoで働き始めたけど、この店のスタッフは皆真剣だから、私もって気になるのよね。